先日、若いメンズと食事をする機会がありまして(むほほ)
ふとしたことから学問の話になり(どうだ、知的だろう)
「ことばを綴る」ということを昨日からわりと真剣に考えています。
ことの発端は。
とある大学で勉強をしているその彼が
その専攻の学問を「ことばで表す」のが
苦手だという話になったこと。
ほら、こういう時でもないと、自分がいちおうプロとして関わっている
世界についての持論を誰かに話すこともないので
えらそぶって語ったわけですが(あーやだやだ、40オンナ)
話しながら、苦手ということが不思議だったのです。
なぜかというと。
飄々としている(←最近の男子にありがち)のだけど
ちょっと話すだけで、「あ、この子、賢い」と
気付くことばをたくさん持っていたから。
たくさん本を読んだりしっかり学んだりしたことによって
ちゃんと多くのワードを自分の中に蓄積していて、
そして普段の会話で、さりげなくそれが
出てくる。って感じかな。若き知的男子は好ましいね。
でも、評論や論文を書けと言われると
なかなか書けないんだそうで。
それって想いや考えがないわけでも、まとまらないわけでもなく、
内包していることを表現するツールである「ことば」を
難しくとらえているだけだと思うのです。
ことばって考えすぎると、使いにくくなるツールなのですよね。
【書くということ。その1】
上手に書こう、上手く見せよう。
相手に伝わるベストなことばはなんだろう。そんなことを。
アタマで考えれば考えるほど、ことばなんてのは
逃げていってしまうのだと、アタシは常々思っている。
アタマの奥で考えていること。
それは、「他者の目」であり「自分をよく見せたいという我」。
だから。
「スマートなことばを綴りたい」「読まれて恥かしくないものを書きたい」
という自我をまず、脇に置いてみる。
それが、「ことば」と仲良くなるファーストステップだとアタシ思うんです。