「川越に午前10時に行かなければならないひとたちが、
午前9時20分に品川で待ち合わせをしました」
さて、この文章、突っ込みどころがあります。どこでしょう。
こたえは。
「おい!間に合わねーよ!!!!」
川越までって、大崎駅(品川のとなり)から埼京線で1時間以上かかるんだよー。
実はこれ、ただいま東京で「ひとりでできるもん」実践中の
娘が今朝やってしまった間違い。
彼女はその時間に先生と待ち合わせをしたというのですが、
東京人の先生がよもやそんな間違いをするはずもなく
聞き間違えたんです。きっと。本当にご迷惑をおかけしました。
さて。
娘から事後報告されたときに(←たぶんテンパってから)。
中学から東京近郊に住んでいたわたしは、
川越ってそんなに近くないやろ、なんで約束した時に
気付かんのよー!ぷんすかー!と思ったんですよね。
壮年期を東京で過ごしたうちの両親にあとで聞いてみても
同じ反応でした。
なぜなら、わたしと両親は「川越は東京からけっこう遠い」と
いう情報を既に知っているから。離れて10年以上たっても、
いつの間にか身につけてずっと使っていた情報は
記憶や感覚にうっすらと残っているんでしょうね。
でも、彼女は、先生が9時20分って言ったから(←たぶん言ってない)
と疑問にまーったく思わず当日を迎えているわけです。
それは、東京という町がまったく未知の世界だから。
不思議でも疑問でも全くない。
まぁ、埼玉と東京の位置関係とか、電車の時刻表とか
前もって「自分で」調べずにひとに頼ってしまうのーてへぺろーな
彼女の性格にも問題はあると思うんですが、ここではさておき。
たぶん既知のひとと未知のひととでは、食い違う情報を前にしても、
脳内で違う修正が働くんだろうな、と思ったんです。
たとえ先生がホンマに「9時20分集合ですよー」といったとしても、
既知のひとは「あ、8時20分といい間違えたかな」と考える。
もひとついえば、「明日現地10時だから、集合8時20分ですよね」と
念押しの確認ができたりする。
だけど、未知のひとって、何の情報もない状態だから
どんな情報に対しても、信じやすい。
これってね。流れてくる情報に振り回されるひとにも
あてはまると思うんですよ。
「まったく知らない」ままで、それが平気だから
すっごくいろんなこと知ってそうな
既知のひとの情報をうのみにする。
客観的な判断をするための材料を仕入れておけば
それ、せんのんちゃうかなーということでもね。
パニックを起こして買い占めたり、ネットでありえん情報を流してみたり
ぜったい引っかからんだろという占い師に依存してみたり。
そういうことって、往々にしてあります。(あるのか?)
いや、批判ではありませんよ。
わたしだってうっかりぽっかりしたら、そうなるのはおんなじです。
でも。
それって、未知を未知のままにした結果。
だから、まず、未知のひとは、未知に向かうとき
自分のできる範囲で、前もって知識を仕入れることが
大切なんだよなー、と思います。
もちろん、既知のひとを全面信頼するために
余計な知識は入れたらあかん!というひともおるかもですが。
マミィは、いちおう、下準備として知っておこうね、派。
(あ、だからって、「センセー、それってこれこれちゃいますかー」とか
嬉しげに言うのとは別の話ですよ。
自分が仕入れた事前情報が欠けていたり、違った場合には
あーそうかそうかと黙って修正すればいいってだけで。)
そうすることで未知既知ギャップは埋まっていくし、
間違った時のブレーキにもなる。んじゃないかなー。うん。
<本日の教訓>
未知のことは未知のままにせず、既知とのギャップを埋めていこう。
自分のアタマと、自分のカラダで。
あとね、既知のひと側は、自分がすでに知っている情報を
ひとに伝えている、という意識を忘れちゃだめだなーと反省。
「埼玉と東京は、香川と徳島くらい遠いよ!」ということは
コドモでもわかることだと思ってたんですよねー。
でも考えてみると、わたしだって、大阪と神戸や
名古屋と三重の位置関係なんてさっぱりわかってないわけで。
自分が仕事柄「検索くん」なので、それが当たり前と思い過ぎて
気になることを自分で調べる、というクセを付けさせてなかったのも
どーなのーもーーーーー。としょぼぼーん(´・ω・`)としてます。
先生には、ほんまに失礼いたしました。
でも、彼女は、1時間の遅刻と引き換えに、すっごく
大切なことを学んだと思います。