【怪しいおやぢ】です。


 

 どう書くか? は、どう読むか? 


 でもあり、どう観るか? でもあります。


 文章を書く上で、しばしば言われる「切り口」と言うのは、


 実は、どう観るかです。


 前回使った、


『にうり屋で のませてかえす 文使』


 前回、この句を、首尾が良かったので使いに一杯おごった句だ


 と書きました。それも、ひとつの見方(単なる解釈でしたが)を書いたものです。


 

 それが例えば、歴史家、江戸時代の歴史や風俗を調べている人が読めば、

 

 この句は、明和五年(1768年)刊行の「柳多留」の中にあるので、

 

 明和五年には、にうり屋も珍しくなく、酒も商っていた(ようだ)……


 と考える(書く)だろうと推測します。


 彼らには、「歴史」「史料」「文献」「風俗」「江戸時代」……。


 そういった物差し、今風にいえば「検索ワード」が、いつも頭のどこかにあって、


 何かに出会うとすぐに反応する。そういう視点で、ものを眺めてしまう。


 思考の癖、観方が出来上がっている。ということだと思っています。



 

 ことばを置き換えることで、違う意味に作り替えること。

 

 実は、これも、観方を作る練習のひとつです。


 ただ、なんとなくことばを入れ替えて、違う意味を与えることから、


 意識して違う意味を捜そうとする……。

 

 上の句だと、うまくいくのはつまらないから、失敗させるには?


 と考えたとすれば、


 それこそ、それまでの自分になかった新しい観方……、


 切り口が生まれようとする瞬間だと思っていいのです。


 

 ただ……。


 先は、もう少し長いですが……。