牛込と大久保の境辺りに若松町という場所がある。
 若松町の組屋敷辺に何年生きているともわからない年旧りた(としふりた)銀杏の樹があった。
 ある年枝葉が繁って近所の者が、
「日の当たることがない」
 と心配して木こりを雇い入れ枝を切らせようとして、中途ほどになった時のことである。
 どうしたことか、仕事に慣れた木こりが真っ逆様に落ちて大けがをしたそうだ。
 枝によっては(切られた場所から)血を出すこともあった。
 あるいは煙が立ち登ることなどもあって、近所では【化け銀杏】と唱えて恐れあっているそうである。
 組屋敷に住んでいる与力が語っていた。
  【耳嚢(みみぶくろ)】根岸鎮衛著・三章企画編訳


∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞

 この若松町も、「物言う猫の寺」や「馬の石」の近所にある。

 さらに近所の「月桂寺」は、―――尾張屋敷のとなりであるが、岡本綺堂が「半七捕物帳」の【帯取りの池】の中でちらとでてくる。

 どちらにせよ、この牛込辺は、【耳嚢】でも怪しげな話が多発する場所で、まあ、それほど当時としては田舎だった、のかもしれない。