青蛙房刊の「江戸菓子文様」金沢復一著が手に入った。

 著者は、菓子の老舗、金沢丹後の十三代目である。

 

 内容は、と言えば、六十ページほどが金沢丹後の歴史について触れており、残る百八十ページが菓子の文様(慶応年に書かれた)である。要するに墨絵の菓子の型絵……。

 確かに、「江戸菓子文様」そのままなのだが、歴史資料として読むには少々心許なかった。

 

  わずかな記事の中でもいろいろと目を引くものはあるのだが、中でも面白かったのは、宝暦二年に日本橋南一丁目の角店、北店を喜八という者が譲り受けることになった際に書いた一札。

 喜八は当時の金沢丹後当主三右衛門―――金沢丹後は代々三右衛門だが、の妹しつの婿で、いわゆる分家をしたことになる。

 で、しつに対して何事に寄らず大切にして苦労はかけない。もし不埒なことがあれば、いかようにもしていただきたい。

 と一札を入れ、両店の支配人が署名捺印をして保証人というか監査役になっている。

 同時に、両店の残金、諸道具の目録(覚え)を作って差し出している。

 念の入ったことである。


 ぼくが本来目的としていた項目の資料としては役に立たなかったが、いずれ書くこともあるが面白い発見もあってそれなりに面白く読んでいる。


∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞

 ちなみに、この青蛙房、ご存じの方もいると思うが、「半七捕物帳」を書いた岡本綺堂の養嗣子岡本経一氏の会社である。