わたしたちの日常には言葉が溢れていますが、「言葉にならないもの」をきちんと表現できる人は自由なのかもしれません。

洋服も、ことばでは説明しきれない気分や感情を着ている。

そう思うと毎日のファッションの意味が少し変わってくるような気がします。

 

ブランドは人が作るものです。データやコンピューターからは決して生まれない。生地を作る人がいる。デザインを考える人がいる。縫製に心を砕く人。裁断に神経を研ぎ澄ます人。店の空間作りに情熱を燃やす人。一人一人に与えられたプロとしての能力を総動員し、こだわりを重ね、心をときめかせながらつくるもの。そうやって人間の熱いからだをくぐり抜けたものだけがブランドと呼ばれるのです。だからブランドは強い。だから人のハートを何十年もゆさぶることのできるものができるのです。人がたからもの。

 

顔を見たり、直接ことばをかける機会がなかった平安時代。想いを伝える第一歩は「和歌」を送ることでした。いわば、ラブレターです。紙に蓮を添えて、芳しい香を焚きしめ、墨色に気を使いながら、筆使いに想いを吹き込む。たとえば、木々が芽吹き、地上にいのちが咲き誇る情景を目にした日には、自らの燃え上がる想いを重ね合わせ、歌を詠んだのです。人が、人を想う気持ちを、人の手で、心を込めてカタチにする。会えない時間が長いからこそ、人を想う時間は色濃く、鮮やかだったのかもしれません。こんな素敵な文化背景がある国だからこそ、ファッションが、ものつくりが、職人が、キチンと育つのかもしれません。

 

人生に一度あるかないかのチャンスは、けっこうある。

道を作った人は道を外れた人だと思う。寄り道は人生を新しくする。

他の人には曲がって見えても、じぶんにまっすぐだったらそれでいい。

 

今年も来年もあなたは一つ歳をとる。その度に、歳相応にとか、いい歳してとか、つまらないことばがあなたを縛ろうとする。あなたは、耳を貸す必要なんてない。世間の見る目なんて、いつだって後から変わる。着たことのない服に袖を通して、見たことのないじぶんに心を踊らせる。他の誰でもない「私」を楽しむ。

 

時代にテメエを変えられないために。

 

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