fusaeです
まんまるの困窮家庭支援がほぼ終わりました
2017年1月21日に「なんでもいいから食べる物をください」と日光市内のお母さんから電話がありました。
それから11日。
すぐ動きました。
まずは娘たちに送るはずだった食料の提供。
「話を聞いて欲しい」というお母さんのアセスメントをその日の内に。
翌日は児童相談所での経験のある保育短大の時の先輩が「行くからっ
」と駆けつけてくれ
お母さんのアセスメントの続きを代わってくれた
それから、それから、、、
詳しくはfusaeブログの過去の記事をご覧ください
皆さんからのご支援があっという間に届き、今、T家族はちゃんとご飯を食べることができています
着るものも整ってきています
支援介入し、今日はいよいよ就職斡旋でした。
fusaeの人脈から、思いもよらぬ千葉県松戸市でのお仕事の話が入り、
1月23日に私がどんなかたがどんなお仕事を展開されているのか?確かめに行きました。
「大丈夫
」と確信した私は、31日にT家のママとお姉ちゃんを連れて行く段取りをとりました。
改めて今日、面接&仕事内容の見学となりました。
到着するまでのT家族の言動には、まぁ〜びっくりすることが多々ありました
私自身への気づきもありました。←サムシンググレイトがすべて見せてくれました
面接&見学は実に8時間
普通、社長が8時間も付き合いますか?
信じられません
そして好待遇
ご自身も辛い経験があること、私と私の友人を信頼してのあり得ない待遇です
それでも、T家族にとっては栃木県日光市から千葉県松戸市への未知なる世界
T家族は、アメリカでの生活が長かった事業主から次々提案されることへ、未来へのイメージも描けないくらいパニック
私が間に入り、そのことを伝えます。
T家族に不安があるのも仕方ありません。
8時間に及ぶ面接と見学の後、
事業者側は「受け入れる。」※ただし研修と試用期間有り
とご判断いただきました
あとはT家族の気持ちです。
私からは、
昨日、日光市役所のかたがまんまるへお見えになり、
行政から”経済的な問題について相談ができる”こと、
その他、障害関係、学校、教育委員会、お姉ちゃんの就職先情報、お母さんの資格再交付などが可能なこと。
諸々、その場で各機関へお繋ぎくださったこと、
これからもネッとワークは増え、支援は途切れないことなどお伝えしました
私の恩師がお手伝いしている認定NPOだいじょうぶさんからにも、まんまるからs.o.sを出していたので、できうるかぎりのご支援を動いてくださいました
T家の幸せへの道は今、たくさんあります
あとはT家がどの道を選択されるか。
「今日食べる物をください」とまんまるへ電話をかけてきたT家へ、みなさまから
あっという間に支援の輪が広がり、全国から食料や生活雑貨が届きました
みなさまからいただいた真心は、T家族へしっかり届けさせていただきました。
T家族はもう大丈夫です
就職するも、
生活保護を受けるも、
生きて行く道は開けました
あとは、ご本人たちがどの道を選んで生きていくか選択されることです。
人生は選択の連続。
T家族の真の幸せを祈り、これにて、まんまるの貧困プロデュースを終わりにさせていただきます。
みなさま、ありがとうございました
また、今回のことを通じて、行政とのネットワーク構築が作れたことに心から感謝いたします。
多分、担当者はこのこと(今回の貧困支援)をご存じなかったと思います。
突然の電話をいただいたので「なんでウチ(まんまる)を知っているのですか?」と訊いた所、
「2年前、市で以前、関わっていたかたへ、水野谷さん(私の本名です)がお弁当を作ってくれたことがあって」と言うではないですか!?
私は担当者のかたと会ったことも忘れていました
「弁当、作ったかな?」と思い出せませんでしたが、
ちょうど、そのお弁当は”こども食堂で余った物で作った”ということを、その職員さんが覚えてらして、今のまんまるのこども食堂の現状確認としてご連絡いただいたのでした。
こども食堂は今や全国で大流行りです。
流行もの苦手な私ではありますが、
今回の困窮世帯も「こども食堂 日光」とご近所に借りた携帯で検索してまんまるを見つけてきました。
そういうことを鑑みると、こども食堂の活動は止めるべきではない、と判断せざるを得ません。
今日、ご飯を食べられていない家庭はどこかにいるんだ、ということ。
その家族の根幹にあるものは何なのだ?、ということ。
支援のネットワーク構築が必然だということを学ばせていただいた11日間でした。
今日はT家族と20時に別れ、私は、投獄をも経験した家族を8年間以上支えてきた友人を訪ねました。
もちろん、彼女は今回の私の支援を知っています。
彼女と、私が支援した11日間の振り返り作業をさせていただきました。
こんなちっぽけな私が、生活困窮家庭に取り組んだ11日間を、とても意義のある学びをした、と珍しく別れ際に彼女から握手を求めてきました。
その瞬間に、
私はやるべきことはやったのだ。
あとはT家族が選べばいいのだ。
と終止符を打つことができました。
今回の件を通して、
他人のことより自分のこと。
自分のことで精一杯。
人のことなんて知らないわ。
そんな人ばかりでない。
「えっ?ほんとにそんなに困ってる人がいるの?」
と、たくさんのかたからご支援賜りましたこと、
心から感謝申し上げます。
T家族がどのような選択をして、これからどのような人生をお歩きになるかは分かりませんが、多くのかたの善意をいただき、今日のご飯をいただける恩恵に浴したことには変わりありません。
食べることだけでなく、
この日光の厳しい寒さを凌ぐべく洋服、
お子さんが部活動で使うテニスラケット、
生涯のスキルを得ることなる資格や勤務先に至るまで、
みなさまからのご支援や情報をいただけましたこと、
心より御礼申し上げます。
T家からメッセージがありましたら、またみなさんへお伝えさせていただきます。
本日、1月31日を持ちまして、
T家への支援を完了させていただきます
「ふさえちゃん、今日は高速で帰りな」。
私のメンターである友人はT家が私と一緒に来た時、お腹いっぱい食べてもらおうと「焼き肉」の用意をしてくれていました。お肉は和牛の最高級ランクです
結局T家は、長時間に及んだ面接&見学のため私のメンターとは会わずに、帰途に着かれました。
「ありがとう」を何度言っても足りないほど、私は彼女に助言を受けています。
T家と出会ってから11日。
私は1時間おきに目が覚めてしまう不安にも駆られました。
私は1時間おきに目が覚めてしまう不安にも駆られました。
読者のみなさまから「ひとりでの支援は無理
」とお叱りの連絡もたくさんいただききました。
でも私はずーっと独りではありませんでした。
いつもみなさんからの暖かいご支援に囲まれて、ひとりではないことを感じてこの支援をしてきました。
貧困支援について、多くの学びをさせていただいた11日間でした。
私を信じてご支援くださいました皆さま、ほんとうにありがとうございました
今後のT家族の選択を見守り、
必要ならば、私も行政その他、馳せ参じる所存で居ります。
今日は、みなさまにまずご報告と、お礼まで。
誠にありがとうございました。
1つの家族に食べるものがあり、
暖かく過ごせることへのご支援を賜り、
誠にありがとうございました
いつもなら午前3時の帰宅が「ふさえちゃん、今日は高速で帰りな」の一言に甘えました。
午前1時過ぎに帰れたので、シャンソン歌手の生徒さんからお歳暮にいただいたお酒でT家の門出をひとり祝います。
VIVA!! T家
今朝の日光連山。
今日のT家の言動は、私の想像を超えていました
驚くことばかりの1日でした。
T家に真の幸せが訪れればいいな、と祈ります。
みなさま、ありがとうございました
※現在、T家族への支援物資、支援金は募集しておりません。

