fusaeです

今日は地域まるごとコミュニティカフェ・カヌクの営業日でした。
午後にふらふらっと入って来られた男性のお客さま。
私が音楽家だと分かって「親父が東邦(私の出身校)でドイツ語教えてたよ」となんと偶然

私が教わったドイツ語の先生とは歳が違うはずですが、そのあとは音楽の話で盛り上がりました。
おいくつかしら? 私より大分、上のかただと思います。
それで、1800年代のショパンの頃のピアノの話だとか、
「オスカー・ピーターソン、いいよね!!」とか、
クラシックからジャズ、タンゴはアルゼンチンだよね!とか長唄まで話は続いて、
その趣味が私と同じ理由で好みだということも分かり、楽しい時間を過ごさせていただきました

そして長唄の歌詞を一節、話されました。
あぁ、なんと深い美しい日本語なのだろう

おとなになってから習われたのだから、そうとうお稽古して憶えたのでしょう。
詩的な話し方ではなかったけれど、重ねた年齢が素敵にことばに現れていらっしゃいました。
ふたりで「こんなに素晴らしい日本文化が廃れてしまうのはとても残念」だ、と気もちを分かち合いました。
私は「栃木県で保育園を開園したい
」と動いていたとき、「だったら投げ銭ライブやってください
」とお声かけいただき、何回かやらせていただきました。でもそのとき、
えっ!? 投げ銭? 音楽にお金を投げてしまうの?
”はいよ”って?
私たちミュージシャンは、どんなに時間とお金をかけて、尊い音楽の勉強をしてきたことでしょう。
そしてずっと、「歌ってくれてありがとう」とお金をいただき、それを生業として来ました。
生きてきました。
そして思い切って再活動をした時「素晴らしい職業ね。”ありがとう”と言ってお金をもらえるのだもの」と私の歌を聴いてくださった方から言われたことをきっかけに、ありがとう基金を募り、保育園開設の道を歩いていました。
ミュージシャンだけではありません。
真面目に、一所懸命に学び、辛い修行や困難を乗り越えて仕事をしてきた人たちの多くが、今はその仕事で生きては行かれない時代になりました。
そんな今の状況をとても残念だと思っています。
今日、お会いした方がこんなことを仰っていました。
「アイザック・スターン(バイオリニスト)と一緒に演った日本人フルート奏者がさ、この間、無料コンサートをしたんだよ。
出演料を払わないのに、聴衆はアンコールを求めて2曲も演奏したんだ。
ボクはアンコールの拍手をできなかった。
そういうの、浅ましいよな」と。
そんな世の中になってしまった、だからでしょうか?
本来、日本人は言葉も思いやりの心も、立ち居振る舞いも、美しい民族だったと思います。
欧米化が進んだ今は、なんでも「お得」とか「ラッキー」などに老若男女、飛びつきますね。
本当探しを長年してきた私は、本当のお得は心から満足することだと思っています。
便利やお得も考えようだと考えています。自分らしく選択すること。
選択できるだけの目や感性を養うこと。
子どもを産んだら、わが子に感性を養う環境を与えられるよう努力すること。
オートメイションも、便利もいいけれど、
職人が、本職で生きていかれる日が一日も早く訪れますように。
そんな日が戻ったら、また日本も元気になるのではないかしら?
今日はまさかカフェで素敵なお話を聴かせていただくことが出来るなんて、と嬉しい出会いでした

ほんとうに、それでいいのか?って、いつも自分の心にきいてみて

