fusaeです

昨日は親子3代でのシナプサイズ®おうちレッスンをやらせていただきました

おばあちゃまと、おとうさま、5歳と3歳のちいさいひとたち。(ふたりとも男の子)
これまではお父様とお兄ちゃんだけがまんまる笑顔のみんなのおうちでのレッスンに通っています。
弟は埼玉でのパパと遊ぼう!シナプサイズ®(2013年2月~2014年12月まで開催))に一度参加経験有りです。
パパと遊ぼう!シナプサイズ®について、詳しくお知りになりたいかたはこしがや子育てクワイエさんの取材記事にて講座編コチラと座談会編はコチラでお読みいただけます

お兄ちゃんはコンスタントに毎週受講しているのではないのですが、6月から始めて、昨日で6回目のレッスンでした。
毎回、私のこれまでの経験に無いほどの成長や発見があります

受講者すべてのかたのカルテを作って、感覚・感性、表情、動きの変化など、精神的なことも含めて記録しています

また、彼は7月に行った私の本格コンサートも聴いたことがあります。(これも、かなりの経験値になっているはず!)
さて、前回の記事に書いたように、彼は4回目のレッスンで、超本物っぽいエアピアノを私のピアノ演奏に合わせてみせてくれました(写真が無いのが残念!)
そして6回目では遂に!というか思った以上に早かった

彼が彼自身の指でピアノを弾いた
のです

あまりに突然のことで、私のほうが慌てました

彼がピアノを弾く前にやっていたことは…
いつものように「ピアノ、弾きますか?」「はいっ!」「では,おひざにどうぞ」。
そしてモーツァルトの曲(彼のお気に入り
)をレガート(なめらかに音と音をつなげた奏法)、ノン・レガート(スタカートまでいかないが音と音の間に隙間がある奏法)、スタッカート(音を切るような奏法)で、わざとらしいダイナミクスで弾いていました。弾き終わると私のオリジナル楽譜集のページをめくり『When you wish upon a star』を「これ」とリクエストする。
「では歌もつけますか?」「ハイ」
マイクをセッティングしてピアノ弾き語り(英語です)

すると彼はマイクに口を近づけて歌うマネをする。
私が彼に「どうぞ、歌ってください」と彼の口の位置にマイクを向けると・・・もうしない

あ”~~~~~やっちまった

なんで待てなかっただろ、自分

と落ち込んでいたのだが、そのとき

ラ~ソ~ラ~ソ~ラララ~~~~

あれっ

今の音?
今の手の丸み?
しっかり脱力されて、しかも芯のあるピアノのメカニズムを解ったかのような打鍵。
そしてちゃんと手首を使った離鍵。
なに?なに?なに~~~~

あれ~~~っ

○○くん,弾いちゃった?
興奮しているのは私だけ

彼はなんでもない、素知らぬ顔。
「いい音だったね、今の、た~こ~た~こ~あ~が~れ~♪だったね」と今度は私がピアノを弾きながら歌う。
彼は「あっちいく」と私の膝を降りた。
すっげ~~~~

今の音、私の音そのものだった

30年間、私の音を真似する子は今まで一人もいなかった。
彼と同じダウン症を抱える子たちも、発達障害を抱える子どもたちも、誰一人として私のように弾く子はいなかった。
彼はほんとうに私の音をコピーしてしまった。
これが良いのか、悪いのか、まだ判断はできない。
でも、彼にはものごとを正確に模倣する力があるのだ、ということが解った。
実は、正確にものごとを模倣することはとても難しい。
しかし、彼はそれをやってのけるのだ。
彼は、実は彼のかかえる障害の特徴で指の力が弱い。
(ダウン症児は生まれたときから合併症をいくつも抱えていることも珍しくない)
ピアノを弾くことで少しでも緩和されれば、と思い、これまで30年間の音楽教育で行ってきた指の体操をアレコレ試してみたが、彼にはどれも受け入れてもらえなかった。
彼には「聴く」「観る」「感じる」という3つをふんだんに経験することで、レディネス(学習場の心身の準備ができている状態のこと)を自分自身の感覚で掴みとっているのではないか?彼の中で臨界に達した時、コピーとして表現することができるのではないか、ということが解った。
しかし実は、私は私のコピーを好まない。
というのも、私の身体、気もち、まるごとすべては私のものだからだ。
私は私。 他の誰でもない、ただ一人の私。
それは、私以外の人も同じで、私には出せないその人の音がある。
それが、かげかえのない人生を生きることに繋がる、と考えている。
ピアノの音で言えばそれは、骨、肉の付きかた、肉感の厚み、身体の大きさ、形、性別、などで全く違う音になるはずなのだという持論がある。(だからクローンて信じられない
)だから例えば、○○先生の門下生の発表会では、門下生全員が○○先生のように弾く、というのが、とてつもなくきもち悪い

○○先生は真の教育をしていない証拠だ。
教育の語源をご存知だろうか?
ギリシャ語でeduce(エデュース)。
引き出すという意味だ。
私の30年間の音楽教育で行ってきた「イマジネーションと社会性の向上」に特化した音楽教育法は、1920年代、アメリカのウィネトカ・プランの創造的集団活動(creative group activities)にそっくりだと、この5年間の猛勉強で知ったのだが、この記事を読んで、もしもウィネトカ・プランを導入した教育をされているかたが居られたら、ぜひコンタクトしてほしい

次回はおばあちゃまとのことを書きます

この写真は指の力の弱いことへの強化活動で、低粘着シールを剥がし活動をした痕跡。
結局、本人はひとつだけやっておしまい。
残りは最後まで3歳の弟がどんどん剥がした。

シールを貼っていたのは、これ。彼はシナプサイズ坊やや自分が行ったシナプサイズ®の関係写真が大好きで「これは?」「これは?」と何度も同じ質問をしながら「これはまるちゃん(c)だよ」「これはここだね」との応えに都度満足する。シナプサイズ®の活動を好きになってくれて嬉しいよ!
