fusaeです

福祉家の飯島恵子さんよりいただいた花戸貴司医師の著書を読みました。
『ご飯が食べられなくなったらどうしますか?永源寺の地域まるごとケア』
著者:花戸貴司
写真:國森康弘
出版:農文協
定価:1,800円(税抜き)

昨日から具合が悪くなり、「そうだ!あの本、読もう」朝から一気に読みました。
生きた写真がたくさん掲載されていて読みやすいのです。
書かれていたことは、私がこれから作りたいコミュニティの形でした。
本を読ませていただいて、感じたことや思い出したことを少し書きたいと思います。
今年(2015年)1月、栃木県庁を訪ねた時でした。
「わたしが(ぼくが)知事だったら」というテーマで小学生たちの作文が掲げられていました。
「親切な町作り(5年生)」。

「みんなで支えあえる学校(4年生)」。

「未来の学校(4年生)」。

「音楽あふれる街(6年生)」。

ぜひ、拡大して読んでいただきたいと思います。
子どもたちの作文を読んだ私は、
子どもも同じことを考えているのだ。
では、どうしてそのような地域社会になっていないのか?
おとなが実現していないからだ。
だったら私がやろう。
今年の1月28日、これら作文に涙を流して、単純にそう、思いました。
『ご飯が食べられなくなったらどうしますか?』を読み進めていくうちにいろいろな死を思い出しました。
同級生の死。(病気や事故)
そのとき母に言われたひと言。(人前もはばからず泣くわたしに母がかけた言葉で、感情に蓋をした時代がありました)
あんなに可愛がってもらったのに、実は血の繋がっていなかったおじさんの死。
「最後まで房恵からもらったお守を話さないで逝ったよ」と、会うといつも安心する笑顔で迎えてくれた上尾のおばちゃん。
祖母の死で娘がはじめて死人と対面した時の涙。
親戚のなんだかんだ。
近所付き合い。
そしてーどんな最期を迎えたいかー。
この写真は祖母が亡くなる直前にコンサートで静岡を訪ねた時、祖母のいる老人ホームで歌ったときのもの。
あんなに元気だったおばあちゃんは,私を誰だか分からない様子だった。
後ろの方にいて、もう歩けない状態だと知らず「おばあちゃん、最後の曲だからここに来て!」と呼んだらゆっくり、ゆっくり歩いてステージまで来てくれたのです

「ありがとう」と言っても、何を言ってもおばあちゃんは答えてくれませんでした。
でも、うたを聴いてくれて、笑ってから逝ってくれたこと、感謝しています。

それから高級クラブや会員制クラブなどで歌っていた時のことも思い出しました。
ドレスと楽譜をバイクに括りつけて、「新宿」「渋谷」「六本木」と歌い回っていました。
当時はバブル。
まぁ、それはそれは、さまざまな大会社の社長さんやら、今をトキメク芸能人が毎回違う女性を連れていたり、海外からのお客さま(「ペルシャ絨毯を差し上げます」と言われた時はポッカーン!で「いりません!」と価値の分からない当時の私なのでした)やら、お話を伺う機会があったのですが、
上のほうの人ってみんな同じことを言うんだなぁ。
という感想をもっていました。
ジャンルは違えど、みなさん、同じことを仰る。
ふぅ~ん、だったら、人の役に立つことをしたほうが幸せだ。
バブル騒ぎの中、歌わせていただいた先々で目にしたり、聞いたこと、若干二十歳の私はそう、思ったのでした。
今日、本を読んで、そこここで「あ!やっぱり同じことを花戸先生も仰ってる~
」と思ったのでした。本の中に出てくる滋賀県東近江市永源寺地区は高齢化率が30%だそう。
私の施設のある日光市の高齢化率もほぼ同じ。
所によってはすでに50%を超えている地域もあるほどと聞いた。
つい先日、ファミリーサポートセンターの講習を受けていて「こどもばかりじゃなくて、おとなも安心したいよなぁ。実はおとなのほうが不安や不満が多いじゃない?」とずっと考えていました。
誰もが安心できる地域づくりをしたい

娘に「ウチ、栃木なんて行かないから」とフラれても、
「バッカじゃないの、そんな人のいない所で」と言われようが、
単身で栃木のこの地を選んでやって来たのです。
自然と音楽の力と自分を信じて。
疲れが出たのか?昨日痛み出した喉の違和感と、倦怠感はこの本を読み終えて大分よくなってしまいました。
本と写真と、登場人物たちの生き生きとした生活が私の病気を良くしてくれたのだと思います

来月8月23日、この著者の登壇する催しで歌わせていただく機会をいただけましたこと、感謝です。
飯島さん、声をかけてくださってほんとうにありがとう

本をプレゼントしてくれてありがとう

みなさん、この本をぜひ読んでいただけたらな、と思います。
だって、みなさんが今より幸せに、安心した気もちで過ごせるヒントがあるから
