fusaeです

長女が家へ来ました。
私が大学生になったと同時に社会人となり、昨年いろいろありましたが、現在は会社勤めをしています。
仕事が楽しそうで何よりです。
去年、長女は何の準備も無く家を出てしまったので私はいろいろと悩みました。
大いに心配しました。
世の中は娘と同じ年頃の子どもの事件で騒いでいました。
携帯の電話やメールにもでないので何度も警察へ電話をしようとしました。
不思議なことに、電話しようとすると長女から連絡が来ます。
子どもの悩みはみんな抱えているのだけど、今はどこに、誰に相談したらいいのかという人も少なくないのです。
そうした現状から私はこのブログから私の苦悩も失敗も含めて、行動していることを発信しています。
去年はみなさんから私へ励ましのメッセージをたくさんいただきました。
ご心配をおかけしましたが、長女(の心)戻ってきました。
去年、辛かったときに友だちから「きっと戻ってくるわよ」と声を掛けていただきました。
渦中の時は今しか見えなくてほんとうに辛かった。
大きなため息ばかりの日々。
眠れない日々を過ごしました。
ちいさな頃の娘を思い出す度に涙が出ました。
でも、いつまでも私がこんなだと次女によくない!
離婚後しばらくしていった長女の言葉を思い出しました。
「ママが明るくて良かった!」です。
辛い時でも悲しいときでも、子どもは母親の笑顔を見たいんだな。だったら笑っていこう!!そう思いました。
「きっと戻ってくるわよ」
友だちのその言葉で
「よしっ、大丈夫!!あの子はきっと大丈夫!!!切り替えて私は私の今を懸命に生きよう」
そう切り替えて半年。長かったぁ。
今年の春、娘が落ち着いて仕事に就いたことを知らせてきました。
はじめは心配。
やっていけるのだろうか。。。
ご飯ちゃんと食べてるのかしら?
ちゃんと寝てるかしら?
お金は大丈夫かしら?
防犯はできてるかしら?
先月は長女の自宅近くで一緒にご飯を食べました。
いろいろと困ったことや大変だったことを笑顔で、事後報告で話してくれました。
そっか、そっか、一人で乗り越えてるんだ。エラい、エラい!
電気とガスは毎月だけど、水道は2ヶ月に1回の支払いだ、など伝えます。
と同時に会社の方々をはじめ娘のお世話になっている人たちへ「ありがとうございます」このひと言しか母の私にはありません。
どんなにご迷惑をかけているか。。。
つくづく親というのはせつないなぁ、と感じた瞬間でした。
それからひと月経って「今から行っていい?」と突然わが家へ長女が来ました。
仕事着で、パンプスに慣れて少し細くなった足で自転車をこいでやってきました。
生活もなんとかやれてるみたいです。
わが家に顔を出した長女に
「久しぶりにピアノ弾いていけば?」と声をかけると弾きだしました。
とても優しくて、ハーモニーを味わって奏でている音がしていました。
色で言えば、ビビッドではなくパステル。
音を聴けば今ここの娘の気もちが分かります。
娘もきっとピアノを弾いて内面の表出をしてるだろうと思います。
楽器はそのときの気もちに寄り添ってくれるお友だちのような存在です。
娘はしばらくピアノを弾き帰って行きました。
第1子ははじめてづくし。
わが子はつぎからつぎへと知らなかった世界を教えてくれます。
長女18歳の春、夏、秋、冬、そしてまた春、夏、秋へと季節が変わってひとりで立派に生きているのを誇りに思います。
長かったぁ。
心配したけど娘が生きてて良かったぁ。
今元気で良かったぁ。
どうか娘たちが幸せな人生を送れますように。