私はこのことに関する応援をさせていただきます。

続いて伺った釆女伝説の元になった地、郡山市片平町の釆女神社に続く公園でも。


ここは除染したので「雑草が生えなくなった」とおっしゃっていました。

ここには熊や鹿が出るのだそうです


以前の釆女神社の入り口。

ここが春姫が身を投じたと言われる「山の井の清水」。

ほとりにはさくらんぼ。

すでに花が落ちてしまいましたが市花になっている「花かつみ」20センチくらいのちいさな薄紫色の花だそうです。「植物図鑑で見れますよ!」と言われましたが、やはり本物を見たかった。

こちらは大きな池に浮かぶ「蓮」と「アヤメ」
「花かつみ」はこのアヤメにそっくりなのですが、とても小さいお花だそうです。
春姫亡きあと、清水の周りに一面に咲いた薄紫色の名も知れない花が「花かつみ」なったとききました。

蓮やアヤメのある池は大きな池で、供養祭ではカメを放すそうです。
「カメ見れるかしら?」と言うと「もっとずっと上に行けば甲羅干ししてると思うけど、この辺には来ないよ」とおっしゃる。。。
そのとき「あれ?カメさん!!」
見つけました
一匹、顔を出してス~イスイ、ゆっくり泳いでます。「こっちおいで~ありがとう~」と声をかけるとこちらへ来てくれたので写真撮れました

「普段は見ないんだけどなぁ」というカメさんと挨拶できたということは、、、(亀を放すのは
奈良と郡山に引き裂かれた二人をつなぐお役目だったからだとか)
この地で歌ってもよろし!と了解されたのではないかしら?


私の育った町にも近くに「亀戸神社」があり、亀がたぁくさん池にいて、藤棚もあり、出店を楽しんだものです。
この池の奥にも藤棚があって、ご縁を感じました。
今回歌わせていただくことになっている「釆女供養祭」は今年で49回目だそうです。
引き裂かれた治郎と春姫は恋いこがれて命まで落とす。
現代の恋愛と重ね合わせると、、、
次々に相手を変える。
友だちの相手を自分の相手にする。
そして友だちとも友だちのままでいられる。という奇怪なことが起こっている。
「釆女伝説物語」なんと悲しい物語だろうか。
でも見方によっては、違う方向から見たとき、
こんなに熱く(ウザイでは決してない)愛されたい、と思う女心。
ひとりの女性を愛し通す一途な強い愛、であってほしいと願う女心。
運命の人、などというけれどせっかく運命の人と出会えても結末が悲しいのは遠慮したい。
恋も愛も終わりはハッピーエンドがいい。と私は決めている。
(別れることになってもそれがお互いの幸せへの方向なら、一時の感情はやがて消え失せるから結局はハッピーエンドだということ。一時の感情をどう捉えるかでその人の人間としての厚みが変わる)
8月1日「供養祭」そして2日の「釆女祭り」では玄さんが脚本した「釆女伝説」と作詩した「花かつみ」(私は作曲と演奏を担当)を演奏、演じる予定です。
昨日、現地でいただいた数々のメッセージと片平町「歴史の会」の皆さんのお気持ちを受け取り、私なりに務めさせていただきたいと思います。
先日の合同バースデーパーティーにて。
次女、あいみのバースデーケーキ


玄さんのバースデーケーキ

