父は婿養子です
ただの婿養子ではありません
最強でした
家族で父に逆らえる人はいませんでした
私が1番、怖いもの知らずで父と言い合いしていたかもしれません
サラリーマンだった父と出会い結婚した母ですが、私が3歳になる頃には夢だった商売人になる為に脱サラし個人商店を開業されてしまいました
まるで詐欺にあったようだと母は言っていました
同時期に跡継ぎがいなくなってしまったという理由で母の実家の婿養子となりました
商売はすぐに軌道にのりバブル期であったことも重なり、社員も数人雇い株式会社になりました
私の知る限り、父はワンマン社長で同業組合の理事長を長く勤め、家でも亭主関白で子供達にも厳格な父でした
一言で言えば、怖かったです
ただ、朝早く午前中で仕事が終わるような業種だったので、私たち子供と関わる時間はとても多く、一緒にさまざまな事をしてくれた父でもありました
キャッチボールをしたり、夏休みの宿題を手伝うつもりが夢中になりほとんど父の作品になったり、あまり上手ではなかったのかバレずに金賞だったりして笑ってしまったり(^^)
ニュースで新種の蘭がみつかったと聞けば、家の周りの山にもあるぞ!と言いだして一緒に探しに連れて行かれたり
川に珍しいコイがいたと言いだして網をもってとりにいくのにつきあわされたり、
台風が近づくときっと海が荒れてすごい波だから観に行こう!と連れて行かれたり
いつも、1番子供のように興味をもって本気になっていたのは父でした
躾にきびしくて、なんで怒られたかは覚えてませんがよく叩かれたり家の外にだされたりしました
喧嘩に負けたら帰ってくるな!
商売人の子供なんだから人様のものは絶対に盗むな!
そんな事をよく言われました
どんな時も子供のコトに真剣で一生懸命で、絶対に守ってくれました
相手が学校の先生でもおまわりさんでも、必ず私たちの言い分を聞いて理由を知った上で味方でいてくれました
もちろん、悪いことしてないからですよ(^^)
私が小さいころ、実家にはたくさんの人がいました
祖父母、曽祖母、母の妹2人、両親、私と弟2人、住み込みのお兄さん2人
全部で12人!
茅葺き屋根の家に12人!
そのうち住み込みの人も独立し、母の妹たちも嫁に行き、曽祖母もなくなり、家族だけになっていきましたが、あの大家族時代の記憶はなかなか面白い記憶です
あの大所帯を仕切っていた父は生き生きしていました
父は怖がられることも多かった人ですが、元来ものすごい寂しがり屋で人懐こく、おせっかいな人
あの頃は、人に囲まれ、頼られ、守らなければならない人がいると張り切ることができた
父にとって気苦労もあったでしょうが、きっと幸せな時だったはずです
ご機嫌な時の父は、たまにバリバリに働いていたころの世界にいるようでした
そんな時は少しだけホッとした気持ちになります