先日、祖母が亡くなりました。

とはいえ祖母は97歳で、見事な大往生でした。
若い頃に胆嚢の手術をした以外は病気知らずだったとかびっくり

4年程前に養護施設に入ってからは痴呆も進んで、 
今年に入ってからは誤嚥性肺炎で7度入院を繰り返し、
その度に回復して退院してたけど、
8度目の入院から戻ることはありませんでした。

頑丈な人で『そろそろ危ないかも』
初めて言われたのは3年前、
今年はずーっと言われていたし、
もう水の点滴しか入れていないから2~3日だと思う、
覚悟しといて、と言われてからも
2週間程いてくれました。
強く優しい祖母でした。

実家は母の生家で、祖母とは当然同居だったし、
私が子供の頃は年中無休の自営業だったから、
忙しい両親よりも祖父母と過ごすことの方が多くて
(物心ついてからは寝るのも祖父母と一緒でした)、
私はおばあちゃんっ子だったと思うし、
祖母も末っ子で長女の私をかなり優遇して
可愛がってくれましたきらハート

さくらんぼや枇杷、私が大好きなスイカやメロンがあると、
『これは(私)のやで食べたらあかんよ』と、
我がの娘である母でさえ食べられなかった程でした笑
私が腎臓がんになってからは、
『スイカは腎臓にいい』と言っては沢山切ってくれて、
あれがいいこれがいい、と私に食べさせてくれました。

小さい頃は毎年夏休みに一緒に
九州の従姉妹の家(祖母の末娘の家)にも行きました。
両親と旅行した記憶はないけど、
祖父母とは良く出掛けました
(これは両親にしたら、店よりも子供達と
  過ごしたかったのに・・・と色々葛藤があったらしいけど)。

遺影に使われた写真は、
私が大学生になって家を出る時に
祖母と一緒に撮った写真なんだと、
その写真の裏にはびっしりと、
が家を出てさみしいさみしいと書かれてたことを
葬儀の最中に言われて、
それまでは祖母との別れよりも、
子供達が葬儀の邪魔にならないようにっあせる
・・・てことばかりに気を取られていて
哀しみに浸る余裕もなかったのに、
祖母が亡くなった現実がドン!と心に入ってきてしまって、
やめてよー今言わないでよー何言うんよーもー!!!
・・・と泣き笑いで逃げ回っちゃいましたぐすん

可愛がってくれていたことよりも、
寝たきりになってからの記憶の方が残ってしまってて、
あんまり会いに行けなかったこと、
最後のチャンスに会いに行かなかったこと
(実家にいたのに頭痛で寝込んでた)の罪悪感で、
私が泣くなんておかしいよ、と思ってたから
(会いにも行かなかったのにね、って)、
遺影の裏の文字を見て、
まだ元気だった頃の祖母の思いに触れられて、
思い出せて良かったと思いました。

祖母の最後の顔は本当に本当に
息を呑むほど美人さんでした。

祖母の姉がものすごく美人で有名だったんだよね。
祖母はその姉に比べて大柄だったから分からなかったけど、
亡くなって少し小さくなってしまった祖母は、
間違いなく美人さんでした。
もう私、そればっかり言ってたし、
お別れに来てくれた人達も口々に
綺麗やね〜と言っていました。

お世辞じゃなくて本当に綺麗でした。

祖父は9年前かな、94歳で先に旅立っていて、母が
『あんまり綺麗でおばさんって分からんかもね』
と笑っていました。
母はずっとずっと祖母と一緒に生きてきたから、
出棺の時は崩れ落ちそうになっていて見ていられなかった。
今後がとても心配です。

まとまらんね。大往生だしね。
楽になったよね、きっと。
11/10には四十九日でもう一度会いに戻ります。
それまでまたね。