何かが合わさっている拮抗している状態がバランスのいい時なんでしょう。

また前向きな道は開放性を約束します。

おはようございます。

マトリックスという映画は印象に残った映画です。
なぜか。
ひとつ分かったことはセリフが少ないからではないでしょうか。
それによって抑えられていたものが押し出されて来る。

また映画には脱出物が沢山あります。
それは見る人の願望の現れなんですよね。
どうにか壁にスプーンで穴を掘って、ショーシャンクの空をよく想います。

だから八方塞がりに見えても何とか出来るものです。
思い込みが不可能を生む。
スプーンで脱出可能!




iPhoneからの投稿
言いたいことを外に出さないとストレスが溜まります。
我慢しているというのが問題です。
じゃ、どうしたら?
そのまま放出すると多々にトラブルの元。
そこは如何に毒を抜いて、表現のレベルに引き上げるか。
ユーモアとか和歌とかに。
素晴らしいでしょ。
言われたほうもプッと吹き出す。
諦めないというのは、工夫することかもしれません。

おはようございます。

ただ、黙っている快感というのもあるのかもしれません。

そして次に考えていることを書いて行きます。
私の生き方として”行動がすべてです”。
でもこれだけか?
それに伴って意志もあるし、アイデアもある。
行動は切っ掛けになります。
そして物事が同時に色んなことが動き出す。

ここで思い付くのがどれぐらい同時に複数のことをやれるか?
そこが次の挑戦?、ということです。
いやはや、難しい。

それに次に恋についてです。
恋は冷めるというでしょう。
なにも疑問を持たずに受け取ってますけど本当は不思議なことではありませんか?
そんなに一時は寝ても覚めても想っていたはずの彼氏彼女を忘れてしまう。
または嫌悪してしまうこともある。

それはなぜか?
考えつくと簡単なことです。
それは恋愛にそもそも実態がなかったからです。
幻想。
つまり幻なら、ある日突然消失しても何にも不思議はない。

でも困ったものですよね。
気持ちと身体が一致していないと。
気持ちが冷めてしまったんですから。
それをまた幻想で温めますか?
何だか、うまく行きそうにないですね(笑)。

ですから、そういう仮想と逆にあるものはなんでしょう?

明日は自分から、ということについて書いて行きます。
押し売りが御免ということが深く分かるかもしれません。
それでは月曜です。
張り切って。
長男が保育園をもう少しで卒園します。
それで式の時に子供たちに歌を贈るのです。
選曲は終わっていて、「思い出のアルバム」、いつのことでしょうというあの曲です。
それでその歌の時に背景としてプロジェクターで映像を流そうとなったわけです。
それでその編集を私が仰せつかったわけです。
半分は立候補。
それで少し弱っているわけなんです。
よく成り切らない、(笑)、洗練されない。

でも、どうしていいか分からないのが自然なことなんです。
分かっててやることなんて大変幅の狭いことのように思えます。

結構、枠内に収まっているんです。
自分の枠で見てしまう。

そう言えば、言葉を覚えたとたんに自意識が生まれてしまいます。
自分を私と呼んでしまって。
そうすると、私とあなたとなってしまい、対立的になる。

あなたが見つめていると思う世界はバーチャルな世界かもしれません。
一枚剥がしてみると何が飛び出して来るか分かったもんじゃない。
怖いけどやってみては。