今、俗に釜をも加麻(かま)と言う故に、竈を加麻と言うのは釜から出た名と思う人があれど、さにあらず古えに釜を加麻と言っ
たことはない。釜は、賀奈閇(かなへ)また末路賀奈倍(まろがなへ)と和名抄に見えている。思い紛うことなかれ。
或人、釜を加麻(かま)と言うのは朝鮮言であると。さもあろうか。又、竈から轉ったものでもあろうか。又、加麻度(かまど)と
も言うのは、竈處(かまど)である。
万葉五に、可麻度柔播火氣布伎多弖受(かまどにはけぶりふきたてず)とよめり。
私記に、加麻斗者梵語也言っているのは、ひがことである。又、閇都比(へつひ)と言う名も古い。神楽竈殿遊の歌に、止與戸川
比(とよへつひ)と見え、枕冊子に、御へつひとあり、加麻(かま)とは差別があったものか。未だ思い得ず。
又俗に、竈を久度(くど)と言うのは誤りである。
和名抄に文字集略云、窯竈後之穿也、和名久度(くど)と見え、竹取物語にかまどを三重にしこめて云々、くどをあけてとあり、
然れば古えの竈は後ろに穴をあけて、それを久度(くど)と言ったのだ。
さて、穴に忠の字は字書に見えない。もしくは穴冠の蔥の誤りか。穴冠の蔥は穴冠に囱と同じ、竈突也と注している。又、大膳
式穴冠に告の神とあるので、それと同様に穴冠に告の誤りか。
式に、筑前國御笠竈門神社(名神大)がある。藤原經墾衡の歌の端詞に、かまどの明神とあり、新續古今集に見える。
百練抄(ひゃくれんしょう、鎌倉時代後期、13世紀末頃に成立したとされるコトバンク日本の私撰編年体歴史書)には、宰府
竈門宮とある。竈門山(かまどやま)の歌拾遺集に見える。
紀伊國名草郡に竈山があり、竈山神社も式に見える。これもこの神だろうか。尚、白木偏の壽原宮の段、傳十八に言った。
さて、ここに竈の神と言うのは、比古神比賣神二柱をさすか、はた、比賣神一柱か。定かではない。
𦾔事紀には、この二神はとあるが、例の如くに依りがたい。もし二柱を指して言うのであれば、此二柱神者とあるべき例であ
る。且(そのうに)大戸(おほべ)と言う名も、この比賣神にのみあれば、竈の神はこの一神だけを言うのか。されで猶定め難く覚え
る。
世俗の諺に、竈の神は女神であると言うのは、漢籍でもそのように言うのから出たのか、或いは古えからの傳であるか。いかの
まれ、諸民(もろびと)に炊爨事(かしくわざ)を教え賜いし功(いさを)が有った神だろう。
さて、續紀に、天平三年正月、神祇官奏庭火御竃四時祭祀、永爲常例。大膳職式に、御膳(みけつ)神八座、高部神一座、竈神四
座、穴冠に告神四座と挙げて、各その祭の料物の品を載せ、右四祭春料依前件、秋亦准此云々、とあれば、年毎の春秋に祭が有っ
たと見える。
穴冠に告は、上に引いた和名抄の穴冠に忠と同様に聞こえるが、久度(くど)と訓むべし。されど四時祭には見えない。臨時祭式
に、御竃祭云々、御井並びに御竃祭云々、中宮御竃祭、(東宮准此)云々、鎮竃鳴祭云々、などとある。
これらは大膳式に見えたのとは別である。文徳実録に齎衡二年十二月に、大炊寮大八嶋竃神、齎火武主比(いみむすびの)命、庭
火(にわびの)皇神、並授従五位下、天安元年四月、有勅大炊寮大八嶋竃、内膳明忌火庭火神、並授従五位下とある。前の従五位下
疑いがある。
三代実録に貞観元年正月、大炊寮従五位下大八嶋竃神八前、齎火武主比(いむほむすびの)命神、内膳司従五位下庭火皇神等、並
授五位上、印本に、此大炊寮を大膳職とあるのは脱(落ち)た文が有るのだ。
古本には、大膳職従五位下火雷神、大炊寮云々とあり、西宮紀に、内膳御竈奉遷他所事、以生絹覆上、衛士八人舁之、宮主先解
除、納言一人辨外記史以下歩行供と見え、中右紀に、内膳御竈神三所也、平野件美御祭奉仕神也、一所庭火、是尋常御飯奉仕神
也、一所忌火、是則十一月新嘗、六月神今食祭奉仕神也、禁秘御抄に、竈神行他所之時、中納言以下供奉、尤可爲霊物、女房不忌
之、男主主上之外不沐浴也、四五破、但指合用之、不可説物也、百練抄に、寶治二年十月二十二日、内膳屋焼亡、御竈神焼損給、
二十四日、近日御竃神焼損、可鋳改哉否事、被問諸卿、十一月十九日、軒廊御卜、内膳竃焼損事也、閏十二月二十二日、被定内膳
御竃可鋳改日時、定來二十八日、これによれば神體即かねの竈なりと聞こえたり。
この時の事、猶、増鏡烟の末々の巻に委しく見えている。
さて、上の三代実録に八前とあるのは、大膳式に、竈神四座、とあるのを合わせてであろうか。又、内膳司なる竈神は即竃を神
と言うのであろう。
さて、竈の神は、如此く公家(おほやけ)にも祭賜い、又、古より諸民までが各祭ったことはこの記文でも知るべく、江家次第正
月元旦四方拝の條庶人の儀に竈の神をも拝むことが見える。
簠纂内傳と言うものに、丙丁日不祭竃神と言う事があり、かかることは言うに足りないが、昔は祭ったことを知るべし。
さて、今の世には、三寶荒神などと言う穢い名を申すのは、いと浅ましきわざであるよな。