チェンラーイの風を聴け №42 | furutetsuchan の『タイ便り』

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西暦2000年、インド行きのエアー・チケットを買うつもりで独りバンコックのドーン・ムアン国際空港に降り立ち、北タイで見事に沈没した典型的な元バックパッカーが、タイにまったく興味のない人にもちょっとだけタイという国を知ってもらいたくて送る、『タイ便り』

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「アメブロ書かないの?」胡坐をかいてパソコンに向かう私の後ろでケイが言う。「いつも時間がない、ないって言って、あっても書かないじゃないの。」
「書くことがないんだ。」私は実際嘘をついた。「それに、とても疲れてる。」
 ケイが無言で隣の台所に行き、私は少し迷ってからツールバーにあるAmebaのアイコンをクリックした。そして、時が止まったままの自分のブログをぼんやりと眺める。忘れてしまったわけではないのだ……チェンラーイの風を。




 朝起きて市場にジョーク(卵入り豚肉のとろとろ粥。)を食べに行く途中、時計塔のあるロータリーにできた「PANGKHON COFFEE」に「まいど企画」&「なんちゃって日本食堂」の宮崎氏を発見した。
「やっと見つけた。」
 私はニヤリとして振り返り、三歩後ろを歩いていたケイに微笑みかけてから宮崎氏の方に顔を向けた。
 宮崎氏はガラス越しのテーブルの上にミニノートパソコンを置き、何やらしている。ケイとその場にしばらく立っていると、彼が私たちに気付いて驚いた表情で立ち上がった。一瞬唇が「まいど!」と動いたように見えたが、そんなことはあるまい。ドアを開けて「なんちゃってぇ~」という風に出て来た。

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 中央生鮮市場の中でジョークを食べてから、宮崎氏の待つ「PANGKHON COFFEE」に戻った。
「二人ともコーヒーでいい?捜索願い解除のメールしときましたから。」ケイと一緒に座ると、宮崎氏が笑いながら言った。「だって彼女(ケイ)の携帯電話、何度かけても全然つながらないんだもん。何かあったと思うじゃない。」
 やれやれ。そんなことでフルテツチャン死亡説を巷に流されては困る。
「ぎりぎり来られたよ。木曜日は洪水でダメ。」そう言うと彼はおもむろにスターバックスの手帳を開いた。「ウフフ、これ『お姉ちゃん日記』として愛用してたんだけどね……。」
 相変わらず「ダメでしょ」が口癖の彼も、明日バンコックに帰るらしい。
「台湾に十日ほど湯治に行こうと思ってさ。」
 そう言って屈託なく笑う宮崎氏を見ていると、彼のような生活も悪くないと思う。まあ、チェンラーイで会うことができてよかった。

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 一旦ゲストハウスに戻ってから、バイクでナムラットの雑貨屋に行った。いつものように店先でビールを飲んでいると、おばさんが暇そうに出て来て、昨日バイクを運転中に落としたと思っていたタバコの箱をケイに手渡した。ジョイの末娘がチョコチョコとこちらに歩いて来た。
「母ちゃんは、いるの?」
 そう聞くと、娘は少し考える風をしてからアパートの部屋の方を指さした。
「呼んで来てよ。」
 そう言われた娘が何かに納得したように歩いて行き、しばらく待っていると眠そうなジョイが現れた。
「テッチャーン!チェンラーイに来てるなら何で会いに来ないのよ!」
 すっぴんのジョイが日差しに目を細めながら言った。
「何度も会いに来たんだけど、いなかったんだよ。」
「いるわよ!いつも寝てんのよ、奥の部屋で!」

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 ジョイの新しい「旦那」が運転するピックアップに乗り、彼の援助で始めるという店を見に行った。どうも昔からジョイは世渡りが上手い。
 ナムラットから国道1号線に抜ける道路を少し走ったところで、大きな高級時計を手首に光らせた「旦那」は路肩に車を寄せた。私は宍戸開に似たこの男を気に入っている。イチロウ(ジョイの長男)のことを可愛がっているからだ。
「テッチャン、今度チェンラーイに来たら毎日ここで飲むのよ。」
 柱に萱ぶき屋根の広い小屋の中は、テーブルと椅子だけが置かれてがらんとしている。こんな所に店を出して客が来るのだろうか。
「カラオケの機器を入れるの?」
「カラオケはやらないわ。カラオケがあると酔っ払いが喧嘩をするのよ。」
 一つのテーブルに座ると、ジョイが私とオーンのことをケイに話し始めた。私は否定も肯定もせずに、もしオーンが生きていたら、と想像してみる。「旦那」が小屋の裏の雑草を刈っている。私は立ち上がった。
「オーンが生きてたら、きっとこの店を手伝うだろうな。」

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(厠)