「12節
すべて肉なるものを終わらせる時がわたしの前に来ている。
彼らのゆえに不法が地に満ちている。見よ。わたしは地もろとも
彼らを滅ぼす」
17節
「見よ。わたしは地上に洪水をもたらし、命の霊をもつ、すべての肉なるものを
天の下から滅ぼす。
地上のすべてのものは息絶える」
これはノアが箱舟を作る前に 神から告げられた言葉でした。
洪水
なぜ 自然災害が起きるのか それは神の力であり
神の意思であるということに気が付くべき時期ではないかと
最近 強く 感じるようになってきました
ここでいう 肉なるもの 不法 とは人が本来 神の意思に基づいて
正しい行い 正しい生き方 正しい祈りができていれば
・・・・という例え
それができないから 神の意思によって いったん 消されるという
神の意思
だと思うこと
人は必ず 寿命という生命機能の低下で 死亡します
否、途中でも病気 事故 災難に遭遇すると
その瞬間に魂は 肉体を離れます
その時が いつなのか? ほとんどの人は 知らないのですが
例えば 癌になって 医師から 余命を宣告されると
初めて 自分の死期を悟り あわてて 宗教にすがり
あるいは 生き残るすべ あるいは 「死ぬまでにやっておきたい
10のこと」などと 食べたいものを食べようとして
もう 時 すでに 遅く 味覚も 旨味も 感じることができません
つまり 肉体の欲や 人間として 感じる欲望には限界が
あるという事実です
また 金銭もどれだけ 預金しても 銀行に預けておいても
死亡した瞬間から 本人の手を離れ、相続人に移譲してゆくことに
法律上もなっています
なぜ 神は こうした試練を人に与えたのでしょうか?
振り返れば 本当の神を知らなかったという無知
無縁 という貧しさゆえなのかもしれません
(ローマの信徒への手紙 5章 5節)
わたしたちに与えられた聖霊によって、神の愛がわたしたちの心に
注がれているからです。
実にキリストは、わたしたちがまだ弱かったころ、定められた時に、
不信心の者たちの為に、死んでくださった。」
このように 旧約聖書にも新約聖書にも
この世界のはじまりと終わりが書かれているのです
それでも 残りわかちあえる人々のために
今日の祈りを捧げようではありませんか
聖書は 単に 本ではありません
そのみ言葉から 寄ってきてくださるものなのですとは・・・
正に目からうろこ