今日も 早朝からの乗務は順調に
普通に忙しく
無線(タブレット配車)予約を順々にこなしていました。
街の渋滞を
よそに 8時頃
珍しく 電話がなり、タブレット無線の電話で会話
「デイサービス(ご高齢の方の送迎を二回お願いできますか?」
その送迎は これまでに経験があったので 仕事を受けて
1度目の送迎
お一人のかた
なんと 聞き覚えのある住所で
別れた妻の実家(義理の母方)の送迎で
2年ぶりのこと なんとかお元気そうであるが、やはり寄せる
年波を感じる
その送迎を終え
二度目
市内某所の高層マンション階下へ
押し車を手に お待ちの御婦人
(身寄りの送り出しはない)
運転手側の後方に座っていただき
シートベルトを装着した。
しばらく、走行する停車時に
奥さんが
「私は、今日で101になるんじゃけど。80年前の長崎で原爆の
直下にいたんです。女学校を出て挺身隊で軍需工場で
働いていた時に、11時過ぎに突然 吹き飛ばされて
ガラス中に倒れていて8時間気を失っていたんだけれど
どこにも怪我もなく、その後、放射能のこともなにもおきず
100まで病気をしたこともないのよ。」 市内在住 Mさん101歳 ご健在
「みんなはわたしのことを化け物という。TVに出たこともあるし
岩波というところから今度本に乗るらしい」と・・・
語りはじめ
その話の最中に
ガラスで吹き飛んだ・・・・という下りの語りの瞬間
なぜか 聞いているこちらが 涙と 鳥肌
今までに聞いたこともない
体験談に
「まさに 神のなせる わざですねえ」と声をおかけるるしか
世界が驚愕するあの歴史の生き証人
で かつ 原爆の中の生き残りという御婦人との出会い
ネットで検索すると
直下での生存は わずか29名程度だったようです
その方との出会いは なんだか 伝えるために あったかのようです