昨晩NHKが深夜に
こそっと放送していたのが
「証言と映像でつづる 原爆投下・全記録」を
録画で観た。
そこには、ウキペデイアでも解説されていない
消された歴史が
記録されていた。
米国 陸軍のトーマス・ファレル准将は
投下作戦のB-29爆撃機への
テニアン島での搭載も、
終戦直後の9月
被爆地 広島にも足を運んでいる
「それまで、日本人に対する憎しみ、恨みが一気に
憐みに変わった」と述べている
1945年8月14日
「もしこの兵器が米国でなく、他国から使用されていたとするならば・・・
とその恐怖と破壊力を知り尽くした人物である。
御前会議で日本がポツダム宣言を受諾せずに
8月15日に終戦 玉音放送がなければ
3発目は東京 皇居上空に投下する案もあったと・・・
内閣審議官 迫水氏は後に
英国へのインタビューで
「この時、広島、長崎がなければ、ソビエトの北海道、本州
上陸で大混乱に陥っていただろう」と
原爆、ソビエトの参戦が
決定的な日本の決め手だったと語っていた。
日本の陸軍や海軍も投下された「新型爆弾」=原子爆弾で
あることは秘密裡に製造企画されていた
日本の理化学研究所の
即座の現地派遣調査にも明らかである。
悪魔の兵器
今この地球で最も危険なカウントダウンの針が
さらに進んだのは間違いないけれど
昨日の台湾通過、日本のEEZへの弾道ミサイルは
明らかに戦術核搭載可能という事実は
代えがたい
とにかく 今 こくこくと危機の時代真っただ中にあるのだ
GHQは昭和27年まで報道管制を行っていたので
原爆の被害事実は数多くが抹消されてきている