1945年8月6日 原爆 広島を想う | furusu18岐阜からのブログ

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昨晩NHKが深夜に

こそっと放送していたのが

「証言と映像でつづる 原爆投下・全記録」を

録画で観た。

 

そこには、ウキペデイアでも解説されていない

消された歴史が

記録されていた。

 

米国 陸軍のトーマス・ファレル准将は

投下作戦のB-29爆撃機への

テニアン島での搭載も、

終戦直後の9月

被爆地 広島にも足を運んでいる

 

「それまで、日本人に対する憎しみ、恨みが一気に

憐みに変わった」と述べている

 

1945年8月14日

「もしこの兵器が米国でなく、他国から使用されていたとするならば・・・

とその恐怖と破壊力を知り尽くした人物である。

 

御前会議で日本がポツダム宣言を受諾せずに

8月15日に終戦 玉音放送がなければ

3発目は東京 皇居上空に投下する案もあったと・・・

 

内閣審議官 迫水氏は後に

英国へのインタビューで

「この時、広島、長崎がなければ、ソビエトの北海道、本州

上陸で大混乱に陥っていただろう」と

 

原爆、ソビエトの参戦が

決定的な日本の決め手だったと語っていた。

 

日本の陸軍や海軍も投下された「新型爆弾」=原子爆弾で

あることは秘密裡に製造企画されていた

日本の理化学研究所の

即座の現地派遣調査にも明らかである。

 

悪魔の兵器

 

今この地球で最も危険なカウントダウンの針が

さらに進んだのは間違いないけれど

昨日の台湾通過、日本のEEZへの弾道ミサイルは

明らかに戦術核搭載可能という事実は

代えがたい

 

とにかく 今 こくこくと危機の時代真っただ中にあるのだ

 

GHQは昭和27年まで報道管制を行っていたので

原爆の被害事実は数多くが抹消されてきている