おやじが「空手」を始めたのが、中学時代のいじめに
起因する
それは「反撃」の手段であり、絶対防御の技を習得して
生き抜くかの 必需でした。
それはスポーツではなく、まぎれもない「武道」であり、
「武術」でした。
武士道とは死ぬことと見つけたり 葉隠れ
そこで、もし、自分が戦局、戦闘の場に身をおいたとしたら
武器、ありったけの武装とそれがなければ
素手でも 石でも 使うだろう
ロシア進攻に対して 多くの虐殺や殺戮が
あったが・・・彼らは昔から そういう民族なのだろう
相手が巨大であろうが、強固であろうが
絶対に スキもあるし、弱点もあるはず。
忍びのごとき 身を潜めて 夜陰に紛れて
セガール拳やランボーの様に
闘うこと。
77年前竹やりで B-29 とあまりにも無謀な作戦は
進めないけれど、
忍びの技は 日本古来から存在する自己防衛の最たるものだ
日々の鍛錬
これはある一定のルールに存在するものではなく
必死必殺の気持ちで
発揮できる武器なのである
まずは その信念こそが、一番重要です。
今思い出すのが「空手バカ一代」の言葉
正義なき力は無能なり また 力なき正義もまた無能なり