幻想を捨てて現実を見る 武士道的に | furusu18岐阜からのブログ

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自然をこよなく愛し、歴史に深く学ぶ。
過去の人生を振り返り、未来を予測する
人間としての経験を語るブログ。

おやじが「空手」を始めたのが、中学時代のいじめに

起因する

それは「反撃」の手段であり、絶対防御の技を習得して

生き抜くかの 必需でした。

 

それはスポーツではなく、まぎれもない「武道」であり、

「武術」でした。

 

武士道とは死ぬことと見つけたり  葉隠れ

 

そこで、もし、自分が戦局、戦闘の場に身をおいたとしたら

武器、ありったけの武装とそれがなければ

素手でも 石でも 使うだろう

 

ロシア進攻に対して 多くの虐殺や殺戮が

あったが・・・彼らは昔から そういう民族なのだろう

 

相手が巨大であろうが、強固であろうが

絶対に スキもあるし、弱点もあるはず。

 

忍びのごとき 身を潜めて 夜陰に紛れて

セガール拳やランボーの様に

闘うこと。

 

77年前竹やりで B-29 とあまりにも無謀な作戦は

進めないけれど、

 

忍びの技は 日本古来から存在する自己防衛の最たるものだ

 

日々の鍛錬

これはある一定のルールに存在するものではなく

必死必殺の気持ちで

発揮できる武器なのである

 

まずは その信念こそが、一番重要です。

 

今思い出すのが「空手バカ一代」の言葉

 正義なき力は無能なり また 力なき正義もまた無能なり