プラモデルには思い出がありました
小学生~大学時代の頃 10代 20代には
雑誌「丸」を読破し、戦記ものにあこがれたのは
なぜだっったか?
それは親戚の叔父に 軍隊帰りの顔の濃いおじや
海軍の設計部に進学したとされる亡きおじの話に
あこがれがあったのかもしれない
父方の祖父は戦時中に 各務原の川崎重工で爆撃機の
エンジン組み立て工にもついていたとも聞く
零戦(零式艦上戦闘機)空母艦載機仕様 陸上では着色は緑が
普通でしたが 海上および、航海上はこのようなカラーリングと
設計図にあった
21型
後方のライト 「発艦はじめ」 の号令が聞こえるようだ
ウオーターラインシリーズ
重巡 筑摩(ちくま)と 航空母艦 赤城(あかぎ)
ミッドウエイ作戦で活躍したが 惜しくも 沈没
甲板上には整備された零戦に 艦上爆撃機も並んでいる
戦艦 大和(やまと)
主砲 46センチ砲塔が 対戦戦闘状態である
艦首中央部の無線ピトー菅 電探の糸も自作である
大和上空より 撮影す
これは日本では手に入らない
米国製のカヌーモデル
ナイアガラモデル
直輸入して 自作したもの
台 パドルも自作
最終仕上げには 防水ニスも数回塗り上げてあるので
水に浮く
これを元に 原図を起こし、2艇目の船を自作した経緯がある
2000年頃
いずれも25年前の作品だが。
塗料、接着剤も劣化していない
保存状態よし
65をまもなく向かえる生涯の楽しみは
機械的な創作物
次回の作品に向かうかも







