「ワッハハハ、俺の息子はまずいものは食わん、ワッハハハ」
成程どお子さんのない谷大人の息子とはこの悠然と彫像のような犬であったのです。母は云いました、「先日この娘はこの息子さんに噛み付かれました。」と
私が道で遊んでいると坂下犬がとびついて来て軽く噛んだのです。
おじさんは立止まって笑って見ていました。
マリのように転がされた私は生きた心地もしなかったのでこのことを話したのです。
「ワッハハハ、お前と遊びたかったのよ、ケガはしなかったろ。」
成程、本気で噛みついたのなら怪我なしでは済まなかったでしょう、着物の上から軽く噛んだだけでしたから、或いは年に一度お客に来る家の女の子の姿を見覚えていたのかも知れません。一諸に遊んでいた三人の女の子の中で、私めがけて飛びついて来たのですから。父と谷大人との友情は年に一度の交流あるのみ。
その他の日には例へ道で行会ってもお互いに目礼するだけ。私は度度その場面を見て不思議に思いました。
谷大人はお前に惚れちょるといい、父は学のある人として谷大人を尊敬していると云いました。
学のある人は世の中の指導者であるという明治的な発想であるようでした。学のない父は学のある人の理論を実行に移して行動する、と云う立場をとっていたと思います。
隣村山崎村には一人大地主と云はれる家がありましたが、入来には大地主と云はれる家はなく、谷さんも小地主でありました。
椎の木や杉の木の繁る山の裾に木立に囲まれて、谷さんの家はチラッと紅いお堂が見えその奧に瓦屋根が覗かれ、外部からは余り見えないように建っている家でした。
早朝にドンドンドンと太鼓の音が聞こえる時、それは紅いお堂のお祭りの日であると云うことでした。
お寺に行くと、大きな仏壇のすぐ前に谷さんの座っている姿がありました。
「俺のことを二心ぢゃと云う奴がいてね、ワッハハハ。」何でもワッハッハハである。
つまり、神と仏と二心であると咎めている人が居ると云うのです。