山内太三次叔父
ヤマウチタソウジ母のすぐ下の弟である叔父は銀行家、朝鮮に骨を埋めた人。
リンゴ園も持っていて、私の小さい頃、田舎では珍しかった大きなリンゴを毎年たくさん送ってくれる人でした。
小学校五年の時その時元山に居た叔父は何年振りかで鹿児島へ帰へって来ました。見事なひげをたくわえた重役風の人であったのを覚えています。
叔父は内鮮融和に努めていると話していました。或朝鮮の人に親切にした時、牛一頭の半分を荷いでお礼に来たのには驚いたよとのこと。
それを聞いて私も驚きました。
牛を半分食べ切れるものだろうかと。
母は眉をしかめました。母は殆ど野菜しか食べない人でしたから、但し魚は鯛を食べました。鯛しか食べない人でした。叔父は肉食、母は菜食、肉食獣と草食獣が姉弟のような感じ。叔父は俳句をよくし、琵琶を弾じ杯一杯又一杯と久久の地酒に陶然として、時ならぬ酒宴が始まりました。
朝鮮の話から思想の話へと移り何と叔父は「俺は無神論者である。」と。
人はいろいろである。祖父愛吉も祖母曽野も信心の人、その息子は無神論者であるという次第。
叔父は銃を打って狩りをするのが大好き、どっかりと座った叔父、小柄で可愛らしいさよ伯母。
叔父は山下性を名乗る養子、夫婦養子であると云う。