古里物語第四部5−5 | ryobeのブログ

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貧し気な村に行っても学校だけはえらく立派な建物が立っているではありませんか、驚くべきことですね。

私の田舎では無理して学校にいくことはないですよ、農家なんぞは皆昔小学校どまりで小僧さんにでも出前 持ちでもやって叩き上げて店を持ったものですと。

本当に学問したい人と云うのもあると思う、外国にまで行って学究として立派にやっている人も私の身近な人に在る。

学問さえすれば地位と名誉が得られるという明治以来の考へ方も根強いと思うことです。

伯父の庭にボンタンが呑気そうに大きな実をブラリブラリと。

伯父を植物にしたらあのボンタンになるかも知れない。

「どらセッダイオデもとってきてみちえに食わすか。」(鰈でもとって来てミチエに食はすか)吹上浜ではなく河口に鰈(カレイ)がいるのです。

伯父が出かけていくと、「伯母さん、お母はんがダゴ(団子)を作ってくいやはんかって、」ブルーのベルベット を伯母に渡すと、伯母は大いににこにこで受取りました。伯母は身内の者に身につけるものを貰うのが大変嬉しい人だと母の話でした。

清兵衛さんに「前かけでもよいから一枚おくれ。」と云った処、「前かけのような瘤でもやろか」、と云われてがっかりしたという話。

前掛け(エプロン )のような瘤とはどんな瘤だろう。

団子作りはお勝手でやるのではなく、日当たりのよい裏庭に木の調理台を出してやるのでした。

粉をこねながら可愛らしい口元からとび出すのは伯父の悪口ばかり。