前の続きです。

力なく笑った祖父も退院しました(医者はまだ早いと言ってましたが看護士の母が介護休暇とるという形でなんとか)。今となっては車の運転もします。舌も元通りとまではいかないけれど結構何を言いたいかは理解出来るようになりました。
車の運転って…一度の食事で瓶ビール軽く飲むって…むしろ心配な位元気です。母の話では僕の作り笑顔は役に立ったらしいです。リハビリも頑張ったらしいです。

ただ結婚は一生しないだろうな〓こどもは欲しいけど他人と四六時中同居って耐えられそうにない。だからその嘘はごめんね、じぃちゃん。

いやー人は生きようと思えば生きることのできる生き物らしい。希望が大切なんだね。誰かに希望の与えられる人っていいな。

そんな人になりたい。何も出来ない悔しさなんてもういやだから。

以上、祖父はとっても元気だよ報告でした!!
随分と前、祖父が病気って書いた気がするので報告します。

久しぶりに会った祖父は半身麻痺で舌も動かず、言いたい言葉を話すことも書いて伝えることも出来ませんでした。

アルバイトのお陰で昔より作り笑顔も嘘つくこともうまくなっててよかった。
僕は力の入らない祖父の右手を握りしめて笑顔で言いました。

「僕の結婚式出て、それから曾孫の顔見るまで長生きしてよね」と。

髪も前会った時に比べてとても薄く見え、ほんの数カ月で十歳は老けた祖父は笑ってくれました。

話しかけても話はなかなか聞き取れず祖父の顔には笑顔と涙が浮かんでいました。

30分位面会しましたがそれ以上いても何も出来ないからと、母が言い、祖父も余り孫にこんな姿見られたくないという様子でした。
病室を出て、エレベーターに乗って車に乗って。作った笑顔はそこまでが限界でした。隣の運転席に母がいたから素直に涙は流せなかったけれど、涙腺を絞ってスンドメして、瞼をパチパチして…苦しくて悔しくて。こらえたけれど鼻水も止まらなかった。
居場所がないとなると僕は何処に帰ればいいのかな…きっと自分で居場所は作るものなのだろう。そしてそこへ帰ればいいのだろう。
昔々、人は死んだら星になるってお伽話で言っていた。それっていつかは帰る場所がある、ってことだよね。今は前だけ見ているつもりでも、いつかきっとその先で迎えてくれる。その時まで走り続けたいものです。地に帰る、その日まで全力だぁ!!!