今回は、教室に来てくださっている生徒さんの声をご紹介しますニコニコ

 

◯なかなか家ではできないのですが、一週間に一度教室に来てヨガをすることが自分にとってリセットする時間になっています。

◯教室に体験に来るまでは、ハードなヨガなのかなと心配でしたが、ゆっくりとした動きで、自分にも無理なくできました。
頭の中がガチャガチャしているのが、先生の誘導で自分に集中でき、リラックスできました。

◯ヨガをした後、体が動きやすくて軽くなります。
続けて通ううちに、肩が開くようになったことが実感できます。ヨガを始めて良かったです。

〇ヨガを始めて数年経ちますが、ここまで続けて来られたのは、無理のない指導のおかげだと思います。
体の現状維持を保てるよう細く長く続けていければと思っています。
これからもよろしくお願いします。

〇運動音痴で、努力する事が嫌いな私でも何か身体を動かさないといけないなと思っていた頃にこちらのヨガ教室と出会いました。
お陰様で、楽しく続けさせて貰って心身共にスッキリです。

〇ヨガを始めて1年が過ぎました。体の硬い私には中々大変です。
今の私には、ヨガで体をほぐすというより、参加の皆さんと楽しいお話や情報交換が出来ることが楽しみになっています。
まだまだカチカチの体ですが、続けることで頭も、体も柔らかくしていきたいと思います。

〇私の家は集会よりずっと上に位置しています。坂を下ってヨガに行きます。帰りは当然上り坂になるのですが、ヨガを終えた後は なぜか心も体も軽くなっています。

〇ここに来ると、自分だけに集中出来ます。そんな時間はなかなか家で取れないので、それがいいです。

〇体を動かして、いかに縮こまっているかわかってびっくりしました。
普段動かさないところも動かすので、難しいですが、少しずつしています。

〇仰向けのくつろぎのポーズをしていると、心地よくリラックスできます。


3月のことでした。友達から 今年のボランティアのイベントについて問い合わせが

ありました。
私は長年 あるボランティアに所属しています。

イベントというのは,そのボランティア団体主催のミニコンサートのことでした。

 1年に1回 ボランティア活動の説明とチケットを購入してもらったうえでコンサートに出席してもらうというものでした。

 

実のところ去年9月から個人的理由でボランティア活動を休んでいて コンサートの

日程は知っていたものの 友達に声をかけるのをためらっていたのです。
ボランティアに所属していても 毎月の活動が滞っていることを どこか後ろめたく感じていました。
友達に イベントに参加したい意思を確かめ、ボランティアのスタッフにチケットの

手配を進めていくうちに、参加者が1人から4人になりました。 みんな小さな志で、「イベントの声かけを待っていました」と言ってくれたのです。


当日、私も万事繰り合わせて参加することができました。 私たちを迎えてくれたのは スタッフの満面の笑顔と温かい手でした。「お元気そうでよかった」という声が聞こえてくるようでした。そして、たくさんのスタッフからの「ありがとう」の言葉に

 以前思っていた「ボランティアって?」が蘇ってきました。

13年前にこのボランティアを始める時、自分でボランティアの意味を理解したと思い込んでいました。

ボランティアの原義はラテン語で『自由意志』『自発的な良い意志』という意味

であること を忘れていたのです。

ひと月に4回ほど活動に出かける私に「気をつけてね」と気持ちよく送り出してくれる家族も みんな奉仕の心だなと感じていたことを思い出しました。

 

その想いに大きいも小さいもなく、また行動に重いとか軽いとかもなく、可視化されるものではないということを、繋がっている皆さんから教えていただきました。
誰に言われるのではなく、自分の意志で自由に動くという原点に戻れた活動となりました。

                                                                    

                                (記:満嶋)

 

登山の初心者講座に参加しました。

参加した理由は、三年前にとても久しぶりに広島の宮島にある弥山に登った際、あまりにも人が少なく、山の中をどう歩いていいのか分からず心細かったことと、いつか福岡の宝満山に友人と一緒に登りたいと思ったからです。

 

初心者コースなので、登山経験のない私でも大丈夫だろうと思い参加しましたが、ほとんどの方が、「週1回、月1回は登っています」とのことでした。私は、皆さんについて行けるのかと、とても心配になりました。

 

今、山登りのことを思い出すと本当に無事に下山できてよかったと思います。そして、自分の心の中で起きていたことを思い返しました。それは当日の朝、雨だということが発端となり、起きてもいないことを想像し不安を自分で大きくしてしまったことです。指導者の声掛けや見守りの行為は受け止めることができませんでした。私は、雨なら中止、もしくは計画通りではなく半分位で引き返すのかなと思っていました。でも先生は、「この位の雨なら大丈夫です。台風でもないし、天気図を見ても問題ない」とのことでした。

雨具は持っていたものの、初めての登山なのに雨の中5.6時間歩くかと思うとますます不安になりましたが、「ともかくやってみよう。登って無事に降りてくることだけを考えよう」と思いました。

いざ登り始めると足の運びに無我夢中でした。

暑い時期でしたので、飲み物も大量に持ちリュックサックも重く、レインコートを着て蒸し暑い中、ただ下だけを見て歩きました。雨が降っているために、普段は岩場の所も滝のような流れがあり、よそ見をしたら滑りそうで周りの景色を見る余裕はありませんでした。雨に濡れた落ち葉は滑りやすく全身に力が入ります。不安を想像する余裕もなくただただ歩き続けていた自分を思い出します。

 

楽しむことなど出来なかった山登りでしたが、自分に対しての発見がありました。私の性格は経験したことのない事をする時にとても不安に襲われるということです。それは、失敗したくない、かっこ悪いところを見せたくないという気持ちがあるからです。

先生は皆に「雨も楽しめるかどうかです。大変なことも経験です。雨だったらどうなるか、今日のことでわかったでしょう。普通に晴れて登るよりも経験値が増えましたね」と話されました。

「雨だから欠席します」と言ってしまいたい自分もいましたが、勇気を出してよかった...と思いました。

私にとって失敗やかっこ悪い自分を受け入れることは難しいことですが、これからも新しい経験をしてどんな自分も受け入れていきたいです。

                                                                                      (記 樋口)

 

 12月のある日、

 友人からお母様がお亡くなりになったとの葉書が届きました。

 

 その友人とは第一子を出産した時、マンションの隣同士で、一か月違いで出産。

 出産後に知り合い、仲良くなった友人でした。 

 

 近くに住まれていた友人のお母様とは、ご挨拶するくらいでしたが、

時々、お孫さんに話しかけたり、子守唄を歌ったりする声がベランダ越しに聞こえ、優しい表情を思い描いたり、楽しそうな替え歌にクスッとしたり、私にも心地よく響いていました。

 

 たくさんお話しはしていないのですが、親しくお話ししたような、そんな気持ちになっていました。 

 

 そのお母様が亡くなられたと知り、寂しい気持ちになると共に、幼い子ども達の成長や、友人と過ごした日々が懐かしく思い出されました。 

 

 お悔やみのお手紙を友人に送ったところ、電話をくださり、

 約20年ぶりに声を聴き、近況を話し、懐かしく、笑い合う穏やかな時間を過ごしました。

 

 あの時の、お母様のお孫さんに対する純粋な思いは、私の心にも響き、時が経ち、寂しさの中に温かい感触と共に蘇りました。 

私の気付かないうちに、温かい心を頂いていたのだと思いました。                                                                                       (記 阪口)

 みなさんは、今、夢中になっていることがありますか?

 

 私は、スリットドラム という名前の楽器に夢中になっています。 その楽器の存在を知ったのは、インドの帰りのデリー空港でのことでした。

 お土産に彩りのきれいな木製の太鼓を購入した時、不思議な形をした楽器に出会いました。 名前を尋ねたら、「タングドラム」と聞き取れたので ,舌の形のドラムなのだと思いました。 許可をもらって触れてみると,それはそれは不思議な音色で、しかも懐かしい音でした。

 

 なぜかとても気になり調べてみると,スリットドラムの仲間として掲載。形は違うけれど音はとても似ていたのです。

 

 5月の母の日に、お花ではなくスリットドラムが我が家に到着しました。

 

 金属製の円盤の形,表面に音階を表す数字 それを‘マケット(ばち)で叩きます。

 それはまろやかな優しい音を体の中に伝えてくれます。

 演奏する人は子供から大人まで 音楽の基礎知識がなくても、誰でも音を楽しむことができるのです。

 

 ある日私が童謡を鳴らしていたら 3歳の孫がマケットを持って、自由自在に鳴らし始めましたするとどうでしょう、不思議に音が共鳴し 響き合い 音が遊びだすのです。響きは耳ではなく,私は体に伝わってきます。

 初めて耳にした時の懐かしさは、お寺の梵鐘から来ているのかもしれません。

 

 上手に1曲鳴らしてみようとか,難しい曲にも挑戦しようとか そのようなことは全く思うことなく 

ずーっと、スリットドラムを眺め スリットドラムを叩く

 

 我を忘れ 音を楽しんでいます。

(記 満嶋)




三年ほど前から、冬にコートを着るときに、右肩の動きが悪く袖が通しにくいと感じていました。

その後、右肩はどんどん動かなくなり,また痛みも出てきて、動かす方向によっては激痛が走りました。夜も眠れず病院に行くと、五十肩と診断されました。すでに、右腕は肩の高さまでも上がりません。それどころか、脇を開くことも出来ず、ほとんど動きません。

ヨガを教えているのに、どうしようと思いました。世間の方は、ヨガの講師なら五十肩になることはないだろう、と思っているはずです。太陽礼拝で両手を上げたくても右手が上がりません。生徒さんの見本にもなれないですし、不格好です。

どうして五十肩になったのだろう、痛いし、見かけは悪いし、嫌だと思いました。

でも、いつも生徒さんには、「肉体に執着しないでください。自分のできる範囲で無理なく体を動かしてください。」と伝えていますし、不格好だとも思いません。

それなのに、自分のことになると、「もっと伸びたらいいのに、もっと完成ポーズに近いたらいいのに。」と、こんなにも肉体に執着している自分がいます。なんと、欲深い執着心なのでしょうか。

この執着心が無くなってしまえばいいのですが、なかなかできません。

自分には、このような執着心があることに気づきました。まだまだ修行が必要です。

この執着心が手放せるように、これからもヨガを続けていきます。

                              (記:樋口)

 

夏に、母が亡くなりました。

そのことは、悲しいこと寂しいことですが、その中にも温かく幸せなことが沢山ありました。

 

大変な中にも幸せはあるよ、と、私の負担にならないようにさりげなく伝えてくださったり、

全てを読み取って、私が困らないように手配をしてくれたり。

「あっ、ありがとう」と思うことが何回あったことでしょう。

その度に、温かな想いに包まれました。

 

通夜や葬儀には大勢のいとこが来てくれました。

母は、8人兄弟の末っ子でしたので、私も15人のいとこの中では下から3番目です。

年上のいとこ達は、親を亡くした経験があります。いとこ達は、もちろん母の供養のために来てくれたのですが、年下のいとこ(私や弟)は大丈夫かなという思いもあったと思います。色々と気遣ってくれました。私も胸がいっぱいになって、遠くから来てくれたいとこの手を思わず握ってしまいました。

それだけでなく、見えないところでも、母に私に家族に心を寄せてくださったり、静かにそっと見守ってくださる方がいてくれたのです。そのことを思うだけでも、胸が熱くなり優しさに包まれた感覚です。

 

でも、このような特別な時だけでなく、本当はいつもそうなのでしょう。

いつもそうしてもらっているのに、いつもここにあるのに、何事もない時は気づかずに過ごしている、

そんな私に、いつもそうやって生きさせてもらっているんだよ、と教えてもらった気がします。

                              (記:樋口)

 

 

 

 

 

 

コロナが少し落ち着いて、4年ぶりにお盆に里帰りをしました。同窓会、実家のお墓参り、そして10年前に亡くなった私の親友の実家にも足を運びました。

10年ぶりの同窓会で会うことが出来た友だちの顔はとても懐かしく感じられました。14日の夕方には、兄家族や甥の家族と一緒に迎え火のためにお寺にお参り。お墓の前で皆で手を合わせることができました。

親友のご実家には、以前は毎年のようにお線香をあげさせてもらい、お母さまとよく話したものでした。今年、私はあえて連絡もせずにお訪ねしてみました。中から玄関の戸を静かに開けられて、いつもの優しい顔で「会いに来てくれて」と涙ぐまれました。
仏壇はいつものようにお掃除が行き届き、仏様への供え物が整えてありました。焼香を済ませると Г連絡してから来てくれないので、いつものようにお昼ご飯が用意できない」とにっこり笑われました。それから、また4年前のようにお母さまの生活のご様子を楽しく聞かせてもらいました。

Г若い頃の私はあれがしたい、これがしたいと欲深い人間でした。歳を重ねてくると、できないことが増えてくる。もっと年を取るとすることが限定されてくる。そうなるとこれだけはしようと1つのことに集中する。すると不思議なことに他のもう1つのことにも集中できる余裕ができるんですよ。この体力と頭ではこれしかできないと思って夢中でやると、かえって捗って嬉しくなるんです」と話してくださいました。

そしてもう1つのお話は一ヶ月ほど前にお寺の住職さんから子猫を育ててほしいと預けられてお世話をしているお話でした。「お寺では[のんの]だった名前を[あまちゃ]に変えて可愛がっています。長年たくさんの猫たちをお庭で飼っていたけれど、赤ちゃんの猫を自分の家でお世話をするということで、自分の中の愛情がまだ残っているんだと感じて喜んでいます」と。

ひとしきり話をしたあと台所に場所を移し、「あなたのご主人の好物を」と、ちりめん山椒をあっという間に作り、お土産に持たしてくださいました。別れ際に「今何してる?」と聞かれГ民族楽器を愉しんでます。」と答えると、「私は暫く休んでいた鼓をまた始めますね。」 と言われ、私のことを自分の娘のように強く抱きしめられました。

「実際に出会って話せる」ことのありがたさ、再会のお盆となりました。

                              (記:満嶋)

 

その日は、激しく雷も鳴るような大雨だったのですが、急いでレターパック(郵便物)を、郵便ポストに投函しに行く用事がありました。

 

ほんの少し雨が小降りになりましたので、今のうちにと思い家から100メートル程

先にある郵便ポストに、傘をさし走って行きました。

もうすぐ郵便ポストだ!、と思って走っていくと、そのまま次の曲がり角に出てしまいました。あれっ?速く走りすぎて郵便ポストを通り越してしまったのかな?、と思って戻ったのですが、どこにも郵便ポストはありません。えっ?どうして?確かここにあったよね、と思い、そのあたりを何度も雨の中行ったり来たりしていると、郵便ポストがあった場所は、郵便ポストが土台から抜き取られコンクリートで埋めてありました。そこだけ歩道のアスファルトの色と違って白くなっていました。

そう、確かにここだった、そう思いましたが、どうして無くなってしまったの?と驚きました。私の中では、郵便ポストが無くなってしまうことは思いもよらないことでした。

ですが、ともかくレターパックを投函しなくてはと、来た道の反対側300メートル程先にも郵便ポストがあるのを思い出し、また走ってそちらの郵便ポストに行き投函することが出来ました。

 

家に帰って来て、郵便ポストが無くなったことに愕然として、キツネにつままれたような感覚でした。しかし、思い返してみると、私も以前よりは手紙を書いたりすることも少なくなり、郵便ポストを利用することも月1回あるかないかくらいになっていました。その代わりに、いつの間にかスマートフォンを利用することも増えました。そんな中、郵便ポストが減っていくのは仕方のないことなのかもしれません。最近テレビでも、郵便ポストが減っていることが放送されていました。

今まであって当然と思っていた風景が無くなってしまうのは寂しいですが、郵便ポストを利用しない方にとっては、そんなものあった?という位のことかもしれませんね。

郵便ポストはいきなり無くなってしまったのではなく、徐々に利用する人も少なくなりそのようなことになったわけで、時代の流れの中で変化していくものなのだと思いました。

                             (記:樋口)

 

 

 

私が学生時代に所属していたクラブには、卒業生が組織するOG会があります。

卒業すると、手伝える人が役員になり活動をします。

 

卒業して初めて役員会に行った時のこと。

その日は、20枚ほどの印刷物を順番に重ねてホッチキス止めし、会員に発送するという作業でした。

役員は先輩方も可能な方は継続されています。

その先輩方は「この表紙はいいね。」だとか、「あ、ホッチキスが曲がった。」など、楽しそうにおしゃべりをしながら、とてもゆっくり作業をされるので、私たち新役員は「もっとさっさと効率良くしたら、直ぐに終わって帰れるのに。」と思っていました。

役員会は土曜日の午後にあり、私も、早く作業を終わらせて帰り自分の時間を持ちたいと思っていました。ですが、先輩方に「もっと速く手を動かしてください。」とも言えず、何回かそんなことが続きました。

また、総会や親睦会を開くために会議をするのですが、どうしたら参加してくださった方に楽しんでもらえるのかということを、私にとっては「そこまでするの?」というくらいの時間を費やして話し合い進められていました。その時は一生懸命だったけれども、今思うと慣れと諦めで手伝っていたのかもしれません。

 

その後、役員を離れ一人の卒業生として、総会に参加した時に、驚き感じたことがありました。こんなに心を込めて準備をしてくれたのだと。一つ一つのことに対して感じました。学校の教室をお借りしている中で表せるお部屋の優しい雰囲気、テーブルに置かれたメッセージ、子どもさんを連れて来られた方への配慮、アイデアいっぱいの飾りつけなど、準備をされた方は大変であっただろうけれども、その優しい気持ちがあふれ出ていました。心からの行いは相手に届くのだなと思いました。そして、その準備の時も、あの時の先輩方のように楽しそうな笑顔の中でで行われたものではないかと思いました。

形だけ取り繕ってできることもあるでしょう。その時は気づきませんでしたが、同じことをしていても、私は仕方なく義務の中でやっていたのだと思います。だから、心から楽しんで出来なかったのだと思いました。

そうではなく、心から相手のことを考え思っていれば、自然と湧き出てくる行動があり、そしてそれは自分にとっても楽しいことなのだとようやくわかりました。

                              (記:樋口)