職場の常勤社員に悩み続けた日々が、2ヶ月近くあった。


私自身が職場を去ろうとしたり、何とか彼女を育てようとかした。


上司に相談しても、「彼女は特殊で(人としての)器が極小だから期待してもムダだし、


私が悩むことすらムダだけれど、猫の手くらいにはなるし、人手が極貧しているためガマンして!!」


と、言われ続けていました。


しかし、あまりのミスに私がキレてしまって、、、、、。爆弾


彼女を含めスタッフ4人の前で怒りました。もう、私の神経がダメでした。


怒った日の夕方も閉店後に薬の出し忘れをされました。ダブルミスです。


次の日から、私はもう口もききたくなくなっていました。


しかし、彼女はマイペースに話しかけてくるし、マイペースな仕事を変えないし。もう


限界で、テメイ、息スンジャネエパンチ!と、仕事中ずうっと思っていました。



結局、2回彼女が泣いて、他店に移動してくれました。


いなくなって、ストレスはなくなったけれど、仕事は増えました。10年前と同じです。


まだ、あのくそばばぁ彼女の文句が頭をよぎるのですが、そのマイナスの負荷が頭の中から消えれば


仕事も生き方も前に進めそうな気がします。がんばるぞうアップ


放射線から逃れられないことを自覚し、日本人として来年は佳い年にと、


今いる場所から、切にねがいます。ねこへび

3月11日の東日本大震災に、2回ボランティアにいって以来、


頭の中で離れず徐々に固まり続ける希望。



それは、ふくしまに転居すること。


自分自身の身の上も決まらない、決められないのに、、ボランティアに行こうなんて図々しい。


長男に福島転居を打診したら、即、困るの一言!


しかたないかぁと思っていたのだけれど、ボランティアは長期でないと意味がないと


毎日のニュースを見るたびに、気持ちを固めつつある。


60歳近いおばさんが、まだ一人の子供しか人という字に育てあげていない親が、だめだよねぇ。


それぞれができることで支援していこうと、スタッフはじめたくさんの人たちの気持ちを背負って


ボランティアに行ってきたのに、今居るところの人たちに迷惑かけてどうするの!


旅立っている子供たちにとって、帰れる家を保持しておいてあげることが


最大の親の使命と、親友夫婦が言っていましたが、


親が旅立ってはだめですかね目



大親友が勇退することを、以前書きましたが、


その親友から、感涙とどまらない手紙をもらいました。


よくよく親友の思考が解り、


よくよく自分の仕事での立ち位置を考えさせられました。



その矢先に、同僚のおばさんに訳のわからない仕事をされ、


ブチ切れてしまいました。パンチ!


おばさんの仕事の仕方を認めたら、私の立ち位置がわからなくなってしまう!


でも、同僚はいたわりたい。おばさんは適応障害で病気なんだから、、、。


親友のように、勇退する社会人もいるのに、何でおばさんは そんな仕事して


医療関係者として給料泥棒してるんだろう!!?


不合理ですね。


とりあえず、おばさんとは一緒に働けない旨を上司に再度訴えました。


おばさんと一緒に仕事していると、私がこわれちゃいそうなんです。


仕事にミスはつきものですが、ミスを防ぐことも私の仕事。


何よりも、投薬患者さんを守りたいー私の言いわけかな?しょぼん





長女が1週間の海外旅行からやっと帰国し、


苦しかった長男とのツーショット生活から解放されました。ニコニコ


ツーショット期間に、長男が急に、「マイ包丁を研ぎたいので 砥石なかったっけ?」


と、出勤前の忙しい時間に言い出しました。


朝の忙しいときだったので、あったけど捨てたかもとか、


友人の専業主婦に借りようかとか、 忙しい仕事のあいまに 3~4回電話していた。


そうしたら、夕方に、「2000円くらいだから、買った」とご長男さま。パンチ!


それで、しばらく 何か作ってくれるのかなぁと期待し続けていた。


しかし、いつになっても、何もしてくれない。


そこで、尋ねた。「包丁研いでたみたいだけど、どうして?」と。


ご長男さま曰く


「べつに~。ただ、ねぎを切るときに、家の包丁切れないからさ。」叫び


何か作ってくれるかなと、期待した母が、ばかでした。



こんな不況で不安定な時代だからこそ、若い息子には、


明るく前向きに向上心を捨てずに、たばたき続けてほしいのになぁ。合格



昔の恩人の母親が、誤嚥性肺炎から緊急入院し


一週間前から、肺癌終末期になってしまいました。


私の父親の時と同じです。(10年前ですが)


その恩人の女性も私の当時と同じで、ひとりで娘さんを育て上げ


母親と3人家族の世帯主をずうっと続けていた人です。


女系家族だから、言いたいことも言いあう家族だと思いますが、


何せわたしたちの親の世代は 後期高齢者ですので


我慢のほどは半端ではなく、家族へのしつけはことの他厳しい世代です。


そんな方が、あと数ヶ月かあるいは数週間で逝ってしまうとは


何と言って恩人を力づけていいのか悩みました。


せめて病人の現状を納得してもらえるように、知る限りの医療知識で


話をしました。


親が先に逝くのは、順当だけれど、とてもつらいものです。


でも、今は、後悔している時ではなく、逝く人を支え続けることしかできないんですと。


これから、その入院している病院(私の親たちが逝った病院と同じ)へ


ご病人のためのドライシャンプーとお守りを持って行きます。ニコニコ



風呂屋の娘のブログ




更年期うつは、やや安定期に入りました。


娘の穀物ダイエットもやや落ち着きましたし、息子もとりあえず体


を動かすバイトに出かけています。


家族にいろいろあると、血が同じだから=バイオリズムも同じで


3人家族が精神的安定するのに1~2ヶ月はかかるみたいです。


58歳の誕生日ケーキを昨日娘が買ってきてくれたので、去年の





風呂屋の娘のブログ


携帯電話のまちうけ画面が更新されました。 やっといいことがあった~!




職場の仕事のやばい従業員は、なんと適応障害だったらしく、まわりの人間がいらいらして


うつになったりしても、本人にはまったく無関心なことで、叱っても指導しても命令してもダメ。


本人は、毎日毎日同じ行動を繰り返すことでしか生活できないのだからいたしかたなしでした。


そんな風に考えられるようになるまで


私のほうが、すごく仕事に行くのがいやでいやで、毎朝登社拒否症になってしまい


ついには、お得意先に呼び出されてしまって、彼女のことを告白し、私がうつ薬を処方されました。


なので、彼女には毎日毎日同じ仕事をやれるようのコーディネートしてやってもらい、


ミスがでないように見張っているしかない。


それでもダメだったら会社の上層部に決断してもらう以外ないようだ。


私の神経がいつまで持つかなってところかな叫び



勉強会で、うつ病と更年期障害の話を聞いてきたら、


どっぷり自分があてはまっていると考え込みました。


その中の話で、ショッキングはことばを知らせます。爆弾


動物では人間の女性だけが人生の半分を、閉経してから(性ホルモンが枯渇しながら)


生きていく。強いて言えば、性ホルモンに支配された前半の人生と


性ホルモンの呪縛ー生命維持にはとても重要なホルモンで種の保存のは不可欠なのだが、


うざったい生理から逃れられる利点は大きいものーから女でなくなった半生を


生きていかなくてはならない。叫び


男性の講師先生は、二人の人格があるようなものですが。


と小さい声で言っていたような気がしました。


60歳になったら、真剣に転職か退職かを考えているのは


女でなくなった女の甘えなのでしょうか?しょぼん

仕事を続けることって、難しい。むっ


前回、親友が退職すると聞いてショックだったし、、、、、。


年齢的には当然、職場や家族の人間関係が多大なストレスになっていく。


家族はいたしかたないとしても、


職場の使えない常勤者は、いただけない!


数年まえまでは、明日は我が身と思い、何とか納得して働いていたが、


どうにも、そんなフェアな考えでは自分の負担ばかり増えて身が持たなくなった。


そもそもストレスが過度になれば、自分の寿命までが縮まるのでは


何とか今のうちに手を打たなくてはと思う毎日となった。


しかし、まわりを見渡すと、どんどん同年代が居なくなっている。


いっそのこと60歳を契機に、止めようとしたが、特殊な業務相手のため


転勤は差し止めされている。


でもでも、でもでも、自分がお荷物になっても、職場の重たいお荷物は


いやだよう!!!!!!もう余裕がないよう!!!


おばさん、しっかりしてよ!って言いたい。


私自身がおばさんなのに。


そんな風に文句言っていられるうちが、いいのかなあ。プンプン


先月の私の誕生日の頃、


大親友が退職予定と聞きつけ、慌てて&心配で、


すぐ、メールしました。


親友は、至って覚悟強く、もう予定通りの行動という返信内容でした。


それでも、私は数日後に 直接会話をしてやっと安心したのです。


私たちの世代から、仕事とよばれる定期行動を取ってしまったら


毎日の生活が不規則になり、どんどん神経や心の彩色がうすくなっていく!!!


と、私自身が切実に感じていたので、親友のことながら、親友のことだからこそ


思いとどまって欲しかった。


このブログも読んでくれていると思うので、もう一回よくよく、


退職後を考えてくださいね!  ミコちゃん!!!


退職後の人生に、あなたが、どんな色をつけるか楽しみなんだけどね↑アッ��プ

今年の夏は、フンとに暑かったです。メラメラ


以前、仕事で訪問していた明治生まれのおばあちゃんが、


「今年は、桐の花が咲いたし、陽気がおかしいから、


きっと、関東大震災のように 天変地異が起こるよ!」 と、


変に暑い日は、何度も何度も言っていました。


今年、80年に1回の地震・津波だったのは、


まさに、そのおばあちゃんの言っていたー天変地異ーが起きたんですね。


もうその方は、東京のひとり娘さんに引き取られて地元に居なくなり、会うこともなくなっています。


むしろ、お亡くなりになっていれば、怖い思いもせずに済んでよいのになぁ~と考えています。


和服をきちんと着こなした、かわいい一人暮らしのおばあちゃんでした。


一人暮らしと言えば、今年の年末に、100歳になるおばあちゃんには、


まだ仕事で訪問しています。認知症もなく私よりしっかり生活しています。


ただし、3回骨折しているので、動きは年齢相応です。


一昨日、起床時にズボンを上にあげていたら ベットと机の50cmの隙間でまえのめりに


すべり倒れ、おでこをしこたま畳に打ち付けてしまったとぼやいていました。


畳の目に沿って、足がすべったらしいのですが、慎重に動いてくださいと頼み、


”もうすぐ、100歳だから、油断したんじゃないですか?!”と


私は励まして帰ってきました。


100歳の方も乗り切った夏だから、来年また天変地異が起こっても大丈夫さ!!!にひひ