初日は賢島にある低廉価格のホテルを予約している。

「家族から今時、5千円前半の安いホテルなんて、

地方都市でもあり得ないと言われて……」

チェックイン前にFから不安そうな表情で事情を伝えられ、

このホテルには何か欠陥でもあるのかな、と心配しながら部屋に入る、

広さや設備も普通で見晴らしも良く、何の支障も感じられない。

ただ大浴場が想像していた以上に小さく、

またシェフが不在で食事が出来ないのが偶に傷だが、

些細な事には余り拘らない性格で何不自由なく一夜を過ごした。

翌朝、フロントでチェックアウトを済ませた後、

支配人にあからさまに宿泊料金に触れず尋ねてみた。

「頑丈で立派なホテルですけど、歴史は長いのですか?」

「創始者は誰か分かりませんが、当時、真珠で儲けた資金で

贅沢なホテルを建てたと聞いています。

オーナーは代々変わりましたが、今でも何とかやっています」

成程、真珠の儲けで建てたのかと頷きながらホテルを離れ、

近場にある大王崎灯台へ。

日本海沿いにある漁師町の雰囲気と良く似ていると

感じながら車で北上し安乗崎(あのりざき)灯台へ。

 

松竹映画「喜びも悲しみも幾年月」、1957年公開。

佐田啓二、高峯秀子主演(木下惠介監督)

海の安全を守るため、日本各地の辺地に点在する

灯台を転々としながら、厳しい灯台守生活を送る夫婦の

戦前から戦後に至る25年間を描いた長編ドラマ。

 

少年時代、映画やテレビで見たことがあるし、

主題歌も全国的に流行り、ラジオなどで良く聞いたものだ。

 

♪ 俺ら岬の灯台守は 妻と二人で沖行く船の

無事を祈って灯をかざす 灯をかざす……

 

Fがツアーに出かける前、自宅で口ずさむと家族から

「なに、それ?」と蔑まされた視線で見詰められたとか。

「あ~、歌は世につれ、世は歌につれ……。

半世紀以上も前に流行った主題歌なので仕方がないけど、

同じ世代でもジャンルが違えば覚えていないか」

女系家族で男はFだけとか、勿論子供の旦那様は男だけれども。

何事にも口出しをするのか、それともFが感想を求めたのか、

そんなことを考えながら車を降りて

岬へ歩いて行くと灯台が見えてくる。

 

 

今は自動化されている灯台の頂に立ち周囲を見渡した。

 

 

太平洋の荒波が崖の下で白濁する絶景と

芝生でグランドゴルフに興じる長閑な光景とが同居する

高コントラストの構図に思わずシャッターを押す。

 

珍しい色合いの百合の花

 

ヒルザキツキミソウ(昼咲き月見草、アカバナ科)

夕方から夜咲きの多い月見草の仲間だが、

明るい昼間にも花が咲くので花壇にも植えられる。

いつの間にか繁殖する丈夫な花なので、

野生化して荒れた空き地でも育つとか。

「此処の灯台は有名な映画のロケ地でもあるし、

記念の石碑でも建てたらどうですか?」

帰り際に辺りを掃除している係員に問いかけてみた。

「私達も関係者に働きかけているのですが、

なかなか実現できなくてあの立て看板だけなの」

岬の灯台は勿論、素晴らしい場所だと感動しながらも、

あの映画を知るのは我々世代だけかも知れないと

苦笑しながら鳥羽市へ向かう。

 

 

山間の道もあるパールロードを北上し鳥羽展望台を経て、

久しぶりにミキモト真珠島に辿り着く。

 

石碑「真珠の島」

島に入るだけで料金が必要なのは今までと同じ、

平日の所為か人気は疎らで静かな時間が流れていた。

 

真珠で造られた王冠、一体いくらするのだろう?

 

館内のレストランで昼食を済ませた後、

真珠の展示室を巡回している際にスマホが無いのに気付き、

何処に置き忘れたのか慌てふためく最中、レストランの

女子店員が現れスマホを届けてくれた、感謝、感謝。

 

標高555㍍の朝熊山頂展望台から鳥羽沖の海岸線を一望

 

此処から見渡す光景も素晴らしく感動したものの、

横山天空から多島美を望むカフェテラスを思い出し、

再度訪れてみたいと考えつつ山頂をそぞろ歩く。

広場の赤い郵便ポストに大勢の女性達が群がるのを見つけ、

あれが噂の「天空のポスト」かと気付く。

山頂売店には葉書と切手が販売され、このポストに

大切な人宛の郵便物を投函すれば思いが伝わるとか。

(いやはや、色んなネタを考えつくものだ)

 

二見浦は古来「清渚(きよなぎさ)」とも呼ばれ、

参詣者がお伊勢参りをする前に海水を浴び

心身共に禊(みそぎ)をした場所で、

今も神宮の参拝前に大勢の人々が訪れている。

「あの海辺に浮かぶ夫婦岩、単に大きな岩と小さな岩と

注連縄で結んでいるだけではありませんか?」

Fが夫婦岩を眺めながら率直な感想を漏らすので、

「そんなこと言うな。此処は海水で禊をして心身を清め、

夫婦相和し睦まじくという意味合いも含まれているのだから」

何回も此処に来て有り難く眺めた者にとって、

意外な感想を聞き夫婦岩を擁護するしかない。

同じ場所にある二見興玉(おきたま)神社を参拝し、

元の伊勢駅周辺に戻り連泊するホテルでコロコロ鞄を預け

レンタカーを返却し夕暮れの街をぶらつきながら、

食事処を見付けグルメ派のFは肉料理を、

何でも食べる派の私は刺身料理に舌鼓を打ちながら

空腹を満たした。

 

(写真撮影は5月14日火曜日、雨上がり快晴)