観客席から味方チームの選手が守備に就くのが見えた。フレンズ出身選手の三人は、浜口君はショート、香山君はファースト、勇人はレフトを守り、そしてマウンドには背番号11番の斎藤君がピッチング練習をしている。彼は勇人と違い、軟投派でコントロールが良く、気負うバッターを次から次へ交わしていた。試合は中盤まで投手戦となり1対2とリードされていた。味方の攻撃では、勇人が四球を選び、二塁まで進塁したものの、決定打が出ず終盤にもつれ込んだ。ところが、ピッチャーの斎藤君が六回の表に疲れが出たのか、四球を与えたうえ打ち込まれ、ツーアウト満塁のピンチに立たされた。投げる球の勢いが弱まっているは一目瞭然で、観客席の周りも不安になり、ざわつき始めた。

「うわぁ、もう限界だね。あのピッチャーを変えた方が良い」

「エースの背番号1をつけて、レフトを守っている選手がいるじゃあないか」

「ユウトの球は速いから、このピンチ抑えられる筈だ」

 勇人にスイッチすればピンチを逃れると思ったが、監督は一年後輩の水野君をマウンドに送り込んだ。彼のピッチングは斎藤君と同じタイプの軟投派で、コントロール良いが球速が足りない。果たして相手打線を抑え込めるか心配するなか、ピンチを背負ったまま試合が再開された。心配した通り、彼は勢いのある打線を抑えられず、ヒットを二本も立て続けに打たれ点差は虚しく開き、観客席は愕然とした。味方チームも終盤に必死の反撃を試みたものの、最終的には相手チームのピッチャーを打ち崩すことができず敗退した。塁審がホームベースに向い走って行くと同時に、両チームの選手達もホームベースの方へ駆け寄り整列した。そして主審が手を高く挙げ、「ゲームセット」と大きな声で宣告し試合は終了した。 観客席に座ったまま、麻子に呟きながら立ち上がった。

「これで中学の試合も終わりか。正直なところ、悔しいけど仕方ないね」

 周りの人々も悔しがることなく、味方チームの健闘を称賛した。

「決勝戦で負けたけど、市民球場まで良く来たなあ」

「そう、そう。市民球場で決勝戦をやれただけでも、凄いじゃない」

 球場を離れ、談笑しながら駐車場の方へ歩いていた、前方に味方チームの選手たちが全員集合して此方を見ている、取り敢えず何かあるのかと立ち止った。監督は、応援に駆け付けた人々が集まったのを見計らい選手の一人に合図する、恥ずかしそうに照れ笑いしながらチームの輪から選手がでてきた。

「キャップテンの中原です。皆さん、お忙しい中、僕達の試合のために集まって、そして大きなご声援を送って頂き、本当に有難うございました」

 ぎこちないが、明確で張りのある声で挨拶を終え、監督や選手一同は同時に脱帽して一礼をした。

選手の中には悔しさが残っているのか、それとも最終戦を終え感極まったのか、涙ぐんでいる。

選手達のお礼を受けて、父兄や母親は勿論、関係者達も彼らの善戦を称え惜しみなく拍手を送った。

「良くやった、良くやった」

「良い思い出になるなあ、これからも頑張れよ」

 手を叩きながら改めて選手達を見渡した。フレンズ時代から知っている浜口君、香山君、井本君、

中学に入ってキャッチャーの女房役を務めた大野君、そしてメガネを掛けて笑っている勇人もいる。

母親達の中には感情が高揚して、成長した我が子の姿を見て啜り泣きするのも見受けられた。心の中で「これで第二の青春も終わりか。フレンズ時代を含め六年間、有難う。皆もこれからも頑張れよ」

と感謝しながら大きな拍手を送った。麻子と駐車場まで歩いて車に乗り、ハンドルを握りながら球場を後にした。

「ユウちゃん、頑張っていたな」

「そうね、あの子は何でも前向きに考えられる子だから。でも、これから高校に進学してからが大変よ」

「そうだな、健ちゃんの例もあるしな」

「健ちゃんのことは、もう本人に任さないと仕方がないわ」

「いずれにせよ、息子達が自立するまで支援するしかないか。定年までしっかりサラリーマンをして頑張るしかないか」

 麻子と会話を交わしながら、ふと思いついたことを口に出した。

 今、会社ではグループ経営室に在籍し、凡そ二十社の子会社を担当している。その中で、とりわけ城北観光の現状や湊観光の行方が難問で数多くの問題が山積している。一時期、働く意欲を無くし失意のどん底に落ちていた。それでも最近は自分の経験した、稀有な修羅場を客観的に分析し、自然体でレポートにまとめれば良いと考えている。車は堤防沿いの道路に差し掛かり西日を浴びながら南下すると、右前方に河川敷のグランドが開けてきた。三年前が懐かしく思い出され、道路際にある駐車場に車を止め、河川敷に設置してあるベンチに座り夕陽が傾く山々の稜線を眺めた。

「六甲山は大小の山々を含んでいて、六甲山系全域を指しているのだよ」

「目立った山がないので、六甲山系と呼ぶのが相応しいかも知れないわね」

 六甲山系一帯は瀬戸内海国立公園の区域に指定され、新日本百名山、ふるさと兵庫五十山の一つでもある。河川敷のベンチに麻子と座り、目を細めながら稜線にかかる夕陽をみながら暫く談笑していた。

辺りが薄暗く少し冷えてきた。秋のつるべ落とし、日が落ちるのが早く急いで駐車場に戻った。

「少年野球から元気を貰ったな。これでハードルを乗り越えられるかも知れない」

 そんなことを考えながら、清々しい気持ちで堤防沿いの道路をさらに南下し自宅へ向った。