京都市左京区の白川通りは南禅寺仁王門を北上し

宝ヶ池に至る主要な南北道路の一つで、沿道に広がる北白川地区は

東に比叡山を望む閑静な住宅地として知られている。

凡そ半世紀以上も前、京都市上賀茂で一年間過ごしたことがある。

高三の二学期に物理化学が苦手で急遽進路変更をして、

受験に臨んだが現実は厳しく全て「桜散る」の連絡が入り、

学友に誘われ海辺の町を離れ京都へ向かう。

「友達のいる下宿より、勉強に専念できる寮生活を勧める」

兄のアドバイスを素直に受け入れ三畳一間の生活を始めたものの、

流石に勉強ばかり没頭できず気分転換を図るため、

凡そ7㌔離れた北白川・修学院にある学友の下宿先に出掛けた。

ルートは寮のある上賀茂、若しくは予備校帰りの鞍馬口を発地とし、

徒歩で加茂大橋や百万遍を経て白川通りを北上して修学院の下宿へ。

学友が普段の鬱憤を晴らすためすき焼きパーティーを企画し

一乗寺駅前の店まで必要な具材の買い出しに出掛け、

他の下宿人も招待して鍋を囲み、夜遅くまで語らい興に乗れば

ギターの伴奏でフォークソングを歌った頃が懐かしい。

 

11月末実施予定である紅葉ウォーキングの企画を担当し、

行先は修学院離宮や圓光寺の南にある北白川一乗寺と決めている。

「宮本武蔵縁の地や詩仙堂、金福寺を回りたいのですが……」

取りあえず企画案を男性メンバー2人に打診すると、

「詩仙堂辺りは既に散策済みやね。他にない?」と素っ気ない返事。

我々のハイキング倶楽部は2008年に発足し15年間も続いている。

今までの行先を調べると東山や嵐山など重複訪問が見受けられるし、

今後ともハイキングを続けるのならダブリも仕方ない。

個人的には紅葉の詩仙堂を眺めたいのは勿論、

当時学友としばしば訪れたノスタルジアも加わり

企画内容を変えたくないのが本音。

「そしたらタヌキなんとかいう場所があるやろ。あそこはどうやろ?」

「狸谷山(たぬきたにやま)不動院ですね、地図に階段らしき印が沢山あります。

坂道を嫌がるメンバーが多いので止めた方が良いのでは」

二人のやりとりを聞いていた女性メンバーが会話に加わる。

「坂道を嫌がるというよりか、アナタが早く歩き過ぎるのよ。

もっとゆっくり歩けば問題ないと思うけど」

その場では行ったことがないので現状が分からないまま、

二人の提案に対し体を交し聞き逃したものの、

明解に判断できないのが気掛かりでモヤモヤしていた。

 

10月初旬、空模様を確かめ下見も兼ねて京都へ向かい、

四条河原町から市バスに乗り込み「一乗寺下がり松町」で下車。

狸山不動まで300㍍の看板を見つけて左折し

比叡山麓の緩やかな上り坂道の曼殊院道を東進する。

宮本武蔵由縁の八大神社を過ぎると急に傾斜が厳しくなる、

すれ違う女性がこちらを見て含み笑いをしているのが何とも不気味だ。

青息吐息で自動車祈祷の朱色の本殿を横目で見ながら

此処が終点であれば良いのにと思いつつ休まず進むと

「貍谷山不動院」入口の石塔が見えて来る。

 

 

真言宗修験道大本山の寺院、「狸谷不動院」とも呼ぶ。

平安時代、桓武天皇が都の北東に位置する場所を鬼門封じとし

不動尊を安置したのが始まりとか。また、宮本武蔵がこの山中で

滝行に服し不動心を体得したと言われている。

石塔の足下に並べられた狸の焼物は多分「信楽焼き」。

後方に控える250段もある石段を見るだけで空恐ろしくなるが、

中途半端で引き返す訳にもいかない。

 

 

南無大師遍照金剛(なむだいしへんじょうこんごう)

「弘法大師空海に帰依する」

 

250段を数えてみようと考えたがそれどころではない。

石段のセンターにある鉄製の手摺りを頼りにしがみつきながら、

よろける足で転げ落ちないよう踏みしめるのが精一杯。

途中で長い階段を見上げ、未だあるのかとウンザリしながら、

やっとの思いで頂上まで登り詰め、森に囲まれた境内に辿り着く。

 

狸谷山不動院の本堂

本尊は不動明王、創建年は781年から806年。

建築様式は五条の清水寺と良く似ている懸崖造り(舞台造り)で、

不動明王を安置してある洞窟は内陣になっているとか。

多分一般人が入れるのは此処までと諦め、厳かな冷気が漂うなか、

四方の緑や本堂施設などをグルリと見渡しながら息を整える。

 

 

境内から入口まで続く長い石段を見下ろし、

よくぞ此処まで登り詰めたものだと感心しつつ復路に就く。

途中で若い男性教師と5,6人の女生徒逹とすれ違う時、

対面の先生が気軽に挨拶をするので返答すると、

「私達は修学旅行で京都に来て此処に来ました、凄いでしょう」

詩仙堂など名所巡りを済ませた後、足を伸ばして来たのだろう。

それにしても人気のない場所を選んだのは確かにレアだ。

「どちらから来はりました?」と問い掛けると女生徒が

「栃木からです」と元気な声で返答してくれた。

 

石段を下り終え坂道を降りていると対面の軽自動車が停車した。

「この先に自動車の駐車場があるのでしょうか?」

高齢女性がハンドル席から問い掛けてきた、見ると京都ナンバーだ。

「たしか石段の手前にあったような気がしますが」

「ありがとうございます」と頭を下げエンジンをふかし直進した。

できるだけ入口手前に近付きたい気持ちは良く分かる。

 

ハイキングの下見を兼ねて訪れた狸谷不動院への坂道と石段、

我々シニアグループには急峻過ぎてほぼ無理だ。

それにしても北白川には修学院離宮など名所旧跡もあるし、

ひっそり閑とした秘境もあると思い下山した。

 

(写真撮影日は10月5日木曜日)