平安末期から鎌倉初期まで激動期を生き抜いた

官人藤原定家(1162~1241年)は和歌道でも地位を確立している。

後鳥羽上皇の院政期に勅撰『新古今和歌集』(自歌47首)に携わり

従三位侍従に叙任され50歳で公卿に列し

その後も順調に官途を歩んだものの、

内裏歌合で昇進に関する不満を託した和歌を持参して上皇の逆鱗に触れ、

和歌の世界での公的活動を封じられ幽閉される。

そんな状況下、定家は朝廷側の情報を鎌倉側にリークし、

幕府軍の「承久の乱」での勝利に貢献したとか。

敗北した後鳥羽上皇は隠岐の島へ配流され定家にフォローの風が吹き

正二位を経て71歳で権中納言を拝命する。

ところが、

九条家とトラブルが表面化して官界を追放され、出家して明静と改名。

それでも歌道界での信望は厚く

後嵯峨天皇から『新勅撰和歌集』の下命を受け

自歌15首を採録して編纂する。

また御家人且つ歌人の宇都宮頼綱から嵯峨野に建てた小倉山荘の障子に

古来歌人の和歌を揮毫(きごう、毛筆)して欲しいと依頼される。

勅撰集と異なり歌人の地位や血縁などに影響されず、

天智天皇から順徳天皇までの恋や秋に関わる百人の和歌を自由に選択。

こうして小倉山麓で編纂したことに因み

今では『小倉百人一首』と呼ばれ親しまれている。

政界で挫折を繰り返しながら立身出世を目指す傍ら、

和歌の才能を遺憾なく発揮し享年80歳で終焉を迎えている。

 

『平家物語』悲恋の尼寺で知られる奥嵯峨の祇王寺、

浄土の世界や紅葉のトンネルで知られる常寂光寺を経て昨年、

釈迦如来と阿弥陀如来の二尊院を訪れた帰り道、

派手な案内看板に従い小路を進み厭離庵へ入りかけたが、

余りに寂寥感漂う侘しさに圧倒され引き返した。

 

11月末、今年こそ厭離庵を訪れたいと意気込み

小倉亀山公園を横切り竹林の小径を通り過ぎようとした。

 

 

通行人の殆どがカメラを上に向けている、何かあるのかと立ち止まり

天を仰ぐと太陽が竹林の間から黄葉を照らしている。

思わず雄々しい光景に感動しスマホのシャッターを押した。

落柿舎や常寂光寺、二尊院の前を次々と横目で眺めつつ、

祇王寺の前を通り過ぎたが派手な案内看板が見当たらない。

途中で道を間違えたのではと思い急遽引き返し、

店員に尋ねると親切に道順を教えてくれた。

「この道を200㍍ばかり進むと右手に看板が見えます……」

祇王寺を過ぎて右折すれば良かったと気付き得心。

派手な案内看板を見付けて左折し、

竹壁に囲まれた狭い小路の敷石を歩いて行くと

小さな受付机の椅子に座している女性が見えてくる。

拝観料500円を払いながら昨年の女性だと思いつつ

気軽に「紅葉の見頃は過ぎましたか?」と問いかけると

微笑みながら「そうですね、未だ楽しめます」普通に答えてくれた。

見た目の暗い感じと異なり意外と明るく気さくなようだ。

ほっと一息就きながら石畳を踏みしめ庭園に入る、

鮮やかに色付いたモミジの木々が迎え入れてくれた。

 

小倉百人一首を編纂した山荘と思えば感慨深い。

 

紅葉の向こうが定家の居住跡と思われる時雨亭、

庭が狭く構図の位置取りが難しく

あちらこちら歩き回ってシャッターを押した。

 

見渡せば 花も紅葉も なかりけり 浦のとまやの 秋の夕暮れ

 

【見渡しても美しい花も見事な紅葉も見当たらない、浜辺の粗末な

漁師小屋だけが目に映る。何とも侘しい秋の夕暮れだ】

 

小倉山 しくれの時の 朝な朝な 昨日はうすき 四方のもみじ葉

 

【小倉山に時雨れる朝、周りの紅葉の色は日毎に濃くなっている。

昨日見た周りの紅葉も今日より薄いと感じられる】

 

霊元法皇より寺号を与えられた厭離庵、

1772年から臨済宗天龍寺派となり開祖は霊源禅師

山岡鉄舟の娘素心尼が住職に就いて以降尼寺とか。

 

縁側で同年齢と思しき男性と間隔を置いて座り

のんびり庭を眺めていた。ふと隣で

三脚を携えた若い女性が男性と話しているのに気付く。

「プロの写真家だと思いましたよ」

男性が声を掛けると苦笑しながら頭を左右に振る。

「そんなんじゃあありません、今日東京から来たところです。

ところで京都市内の何処かに

静かで紅葉の綺麗な名所がありますか?」

どうやら彼女は紅葉狩りの穴場を探しているようだ。

それにしても

最初から厭離庵とはかなりマニアックな趣味の持ち主だ。

「それなら永観堂に近い真如堂がお勧めですね。

特別拝観の場所だけ有料ですが殆ど無料で紅葉狩りが楽しめます。

今なら敷き紅葉が綺麗です……」

「そうですか、これからどうしようと迷っていたところです。

ありがとうございます」

紅葉の話題であれば幾らか伝えたい情報がある。

二人の間に割り込みたいと考えたものの、

気分良く交わす会話の邪魔するほど野暮ではない。

リュックを背負いそっと立ち上がり再度庭園内をそぞろ歩いた。

 

縁側で会話を続ける二人連れを気にしながら、

別角度から写した時雨亭

 

素晴らしい雰囲気に後ろ髪を引かれつつ出口へ向かう、

丁度受付が担当が交代する場面に居合わせた。

不気味で明るいキャラの女性が気掛かりで問い掛けてみた。

「今までの担当者はどんな方なんですか?」

「この椅子に座ってはった方ですね、あの人ここの住職です」

ああ住職さんですか、成る程ネ……、

得心しながら小路を歩き左折して近くの清涼寺に立ち寄り、

綺麗に色づいた木々が繁茂する本堂右の庭園を散策する。

 

青空を塞ぐがごとく張り出した黄葉したカエデ

 

綺麗に紅葉したカエデに近付き接写

 

腕時計を確かめると昼食タイムを過ぎて

午後2時を指している、腹が減ってきた。

このまま自宅に帰るか、それとも河川敷でおにぎりを頬張るか

逡巡した結果、野外で遅めの昼食を摂ることとし、

観光客で混雑する嵐山商店街を急ぎ足で通り抜けた。

 

(写真撮影日は11月28日)