4月7日
京都府亀岡市
阿弥陀さまおかえりなさい奉納会
『那須与一堂』で
那須余一の講談を
読ませていただきました
お世話になりまして誠に
ありがとうございました。
今後ともどうぞよろしく
お願い申し上げます。
【那須与一堂】
源平時代、平家打倒の源義経の軍に従軍した那須与一が、途中丹波(亀岡)の地で病気にかかり、霊験あらたかな法楽寺の阿弥陀如来像に祈願したところ、たちまち病気が治り、屋島の戦いにおいて平家が揚げる扇の的を矢で射抜く武功をあげました。与一は晩年武士の身分を捨て、源平の戦いで倒れた多くの兵士たちの鎮魂を敵味方区別なくおこない、阿弥陀如来に大きく帰依し法楽寺を再興しました。
時は流れ、江戸時代、法楽寺は火災に見舞われお堂は全焼するものの、本尊の阿弥陀如来像は眩しく金色に光り輝いていたといわれています。
その後、この阿弥陀如来は地元の人々の手により現在の場所に安置され、那須与一が再興した所以からお堂を『那須与一堂』と名付けられました。






