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英会話の勉強の記録

英会話の勉強は停滞中です。

英語が話せない日本人が集まって英語で会話するとどんな雰囲気になるのか?


というのが、今回のお話です。


ここ数ヶ月、私は英語学習アプリで英語がしゃべれない日本人5人と楽しくチャットしていた。

英語でしゃべることが義務付けられているアプリなので、当たり前だが日本語は使えない。


そのコミュニティに集まった5人は、なんと偶然にも全員女性だったが、生活レベルも趣味も住んでいる地域もバラバラで、共通点としては女である事と、そして全員英語勉強中という事だけだった。


これから彼らと仲良くしなければならない。

チャット(英語)で。


チャットは昔から好きだったので、さっそく(google翻訳を使って)自己紹介をし、挨拶を交わし、初日は良い雰囲気を作る事ができた。

今、改めて初日の状況を思い返すと、すでに初日から全員様子がおかしかったのだが、一旦置いておく。


先にコミュニティのシステム・ルールについて書く。

そのコミュニティでは、基本的に誰かが日記を投稿し、それについてみんなでああだこうだと語り合うルールになっていた。

確か3日か4日、日記の投稿をサボると、システムによって自動的にコミュニティから追放されてしまう。

必然的に毎日誰が日記を書くことになるので、それを話のタネに会話するという、なかなか優れたシステムなのだ。


私は、チャットと同様に、日記を描くのも割と得意なほうだ。

今でこそあまり描かなくなったが、昔は毎日のようにブログを更新し自己満足に浸っていた。


慣れてきたら、日記で笑いを取ろうと私は思った。

英語で、笑いを取る。

人生初の試みだ。


アメリカのコメディドラマ「フルハウス」や、ジム・キャリーの映画を思い出して、そんな感じの日記をイメージしようとしたが、ふと気がつくと、

アメリカ人の笑いと日本人の笑いの差異について考え始めていたので、考えるのをやめた。




英語の勉強のためにコミュニティに入ったのだから、真面目に英語で日記を書こう。

話題提供を兼ねてるのだから、みんなが発言しやすそうなネタが良い。


そう、例えばこんなアイスの話題だ。




アイスね…


いや、そんなことより何がWow!!だよ。

ワーォなんて我々日本人がいつどんな状況なら言うんだ。

なんで私はワーォなんて言ってるんだ。


次回に続く。

先日、とくに何もないけどとにかく疲れたなぁと思って何もかもが面倒になった。

別にメンタルは病んでない。ただ面倒になっただけだ。

とくに SNSが面倒になった。

正確にいうと、 SNSでのコミュニケーションが面倒になった。


そして私はコミュ障なんだな、と改めて実感した。


なぜなら、とくにキツイと感じたのが英語学習アプリで知り合ったコミュニティ内での英語(チャット)での交流だったからだ。

コミュニティのみんなは何も悪くない。彼らはあたたかく私を仲間に入れてくれた。(英語で)

初日から数日の間は、Google翻訳を駆使して積極的に会話をした。しかし、すぐに会話がきついと感じるようになった。それは英語だからではない。


英語だろうか日本語だろうが、どのみち私にはきつかったのだ。


よく知らない人たちとのコミュニケーションが、私を疲労させた。

ど田舎に越してくるまで、私はある程度コミュニケーション能力に自信があった。とくにチャットは好きだったので、どんな人ともチャットなら大丈夫だと思っていた。ネットで知り合い、友達と呼べる人もできた。


しかし近年、なかなかネットでも友達が出来にくくなった。古い友達との交流だけが残った。新しいコミュニティに踏み込めず、友人関係を築くことが困難になった。

世の中が変わったせいなのか、

私が年齢と共に変わったのか、


それとも、


私は、


もともと、


こうだったのか?


私はもともとこうだったんだと思う。

これまでは若さと精神的体力があったので、苦手なことに立ち向かうだけの気力があった。

それが歳と共に踏ん張りが効かなくなり、苦手なことを敬遠するようになっていったことに、自分でも気付かなかった。それが最近英語のコミュニティにいれてもらった事で、ようやく気づけたんだと思う。

私は人付き合いが苦手だということに。

なんなら根暗…🫩


気づいてしまったら余計踏ん張りが効かない。

もう疲れて疲れて仕方ない。

全部英語のせいにしようとしたけど、Google翻訳があるしな、英語だろうが日本語だろうが、コミュニケーションを取るのがキツイのだから、もうそれが分かってしまったのだから、分からなかった頃には戻れないんじゃないかな。


とりあえずコミュニティは脱退せず、お言葉に甘えて、居させてもらうことにした。

ただ、すこぶる会話の少ない人として存在し続けるだろう。


こうして自分の感情を文字にしてみると、気持ちの整理ができてきて、それもまた間違った対応だったように思う。


それで今思ったのが、私は結局、何も成せず、ただ死んでいくんだな、ということ。


昔々、知人に言われた

「おまえは何もできず、何事も成さず、ただ死んでいく」

という言葉が、呪いのように、私の心の奥底にわだかまっていて、たまに思い出しては苛立ちを感じていた。

その呪いの言葉が、呪いではなく予言だった。

いや、予言というほどたいそうなものではない。

私の人間性を正確に見抜かれていただけだ。

それもまた悔しい。会う事はないだろうけど、もし会ったら二、三発ぶん殴ってやりたい。


というふうに取り止めもなく書いていくとメンタル病んでる風で怖いけど、別に病んでない。


ただ、とても疲れたという愚痴を書き連ねている。


TOEIC受験に関しては、元同僚2人を巻き込んでいるので、やめられない。

というか、ここでやめてどうするw

せめてカタコトの英語が話せるぐらいになってからやめないと。

ビックリするかも知れないけど、まだ全然話せるようになっていない。


こんなに書いたのにな!



この続きはまた!





つい先ほど、ネトフリで配信されている某連ドラを見ていたら、シーズン2の4話目のオープニングで、


「この回には自殺のシーンがあります。

見たくない人はナンチャラカンチャラ〜」


という注意のテロップが流れた。


つまり、ネタバレを喰らったわけだ。


最近のドラマや映画ってみんなこうなの?

実は我が家にはテレビがないから(いいかげんに買えよなw)分からないんだけど…


自殺シーンが流れる前にテロップだして、

そういうシーンを見たくない人が、そういうシーンを見る前にチャンネル変えたり、見るのをやめたりできるような…つまり、配慮?え、これが配慮?

R指定だけじゃダメなの?


もっと単純に自殺防止のため?

自殺シーンに影響受けてメンタル病んじゃう人のため?


こちとらネタバレ喰らってメンタル病みそうなんですけど。


無料で、不特定多数の人々に向かって垂れ流しされているテレビで、このようなテロップに流すならまだ分かる。

配信という、金を払ってわざわざ見てる(つまり、見たいから見ようとしている)人々にたいして、ネタバレを伴うテロップを流す意味あるの?


みんな、それでいいの?w