深夜のことである。
カサカサと何かが動き回る音で目を覚ますと、
ハンガーにかかった上着の、肩の部分と接している壁との間に、
全長10センチを超えるムカデがいた。
思わずそのムカデを覗き込むと、
ムカデは尻尾の針を左右に揺らして、私を威嚇した。
ウワサで聞いたことはあったが、
なるほど確かにムカデという生き物は攻撃的だった。
普通、虫などの小動物は、
人間を見かけると逃げようとするものだが、
このムカデは違う。
尻尾の針で私を刺そうと狙っている。
いや、口の牙か。
体は私のほうに向かって居直り、尻尾を揺らしながら私を見ている。
楽しい夜を人間に邪魔され怒っているようだ。
この人間を許す気はない。
きっと私が隙を見せるのを待っている。
一瞬でも隙を見せれば、きっと飛び掛ってくる。
あれ?ムカデって飛ぶっけ?跳ねたりする?
よく思い出せないが、
私の目の前にいるどす黒いグロテスクなムカデは、
今にも私に襲い掛かってきそうだ。
逃げられない。
逃げようとすればきっとやられる。
殺られる前に殺るしかない。
両者、土俵中央でにらみ合い。
一歩も動けない、膠着状態となった、そのときである。
日進カップヌードルが入っているビニール袋の中に、
割り箸が入っていたことを思い出した。
あの割り箸で、ムカデをつまんで、
ビニール袋の中に入れてしまうのはどうだろうか。
そうすれば、部屋の壁や服をムカデの体液で汚す心配はない。
我ながら名案ではないか。
さっそく私はムカデをにらみつけたまま、手だけ伸ばし、
カップヌードルが入った袋ごと手に取った。
ムカデからは一瞬たりとも目を離せない。
ビニール袋のカサカサとこすれる音に、ムカデが過剰反応し、
よりいっそう尻尾の針を動かしている。
割り箸を手に取り、パキンと割って、
左利きの私は左手に箸を構えると、
右手でビニール袋を持った。
いよいよ箸でムカデをつかむ瞬間が、
人生で初めての瞬間が訪れるとき、
いや、待てよ。
待て待て。よく見たら、あのムカデ、けっこう長い。
たとえば、口に近いほうをつかんでしまったら、
尻尾の針を伸ばして、箸を持っている手指を攻撃してくるのではないか。
つまり、胴体の真ん中部分を掴まなければ、
箸を持っている手が危ないということだ。
これはうかつに手が出せない、と考えを改めたとき、
ムカデが動き始めたのだ。
なんと服の奥のほうに入り込もうとしているではないか。
このままでは逃げられてしまう。
もし逃げられたら、私が寝たあとに戻ってきて復讐されてしまう。
「このまま逃がすか!」
私は箸を持った左手で、ひょいとムカデをつかんだ。
やった、一発で掴んだ。
インド人もびっくりの動きだった。
しかも位置もちょうど良い、10センチのムカデの
ちょうど真ん中5センチぐらいのところを箸ではさんでいる。
やったやったと喜んだのもつかの間、私の予測は、予測を上回っていた。
そう、やつは予想以上に長かったのだ。
しかもおそらく虫の中では頭もよく攻撃的ほうなのだ。
ムカデは、体を精一杯折り曲げると、
尻尾の針を私の左手の指に向かって伸ばしてきた。
なんと、あとちょっとの距離だ。
近いぞ、私の手とアイツのお尻。
しまった、ムカデを箸なんかで掴むんじゃなかった。
この作戦は失敗だ。
ムカデは箸で掴んではいけないのだ。
左手を箸の先端からなるべく遠いほうにずらしたが
しかしそうなると持ち方がおかしいため、力が入らない。
そしてムカデの力は意外と強い。
全力で体をぐねぐねと動かして暴れている。
そうだ、袋、、袋、、袋に入れるんだった・・・・
と袋に箸ごと投げ入れた。
いそいで袋の口をふさぐ。
袋の中でムカデが暴れている。
袋はビニールなので、ビニールを貫通して刺されたらどうしようと思いながら
階下に下りると、台所で父と出くわした。
「はい、これ!」と父に袋を差し出した。
「ムカデ入ってるから!しばって!」
父は事態を飲み込めてない様子で袋を受け取ると
「あ、いるな」と言い、しばってくれた。
父に礼をいうと部屋に戻り、
心を落ち着かせるためにケータイからツイッターを見た。
眠くなるまでに1時間ぐらいかかった。
というわけで今日は寝不足です。