誰かに褒められると、うれしいですよね。

たくさん褒められる人は、そうでもないかもしれませんが、たまに褒めてもらえる私は、うれしくて、よく覚えています。

子供の頃、学校では学級委員を務めたりして、「優等生」を演じていたので、先生には時々褒めてもらえましたが、仕事と家事に忙しい母は、良い成績を取ってくる娘より、家の手伝いをよくする娘を望んでいました。


私は、家事よりも、本を読んだり、絵を描いたり、手芸をしたりする方がずっと好きだったので、すすんで家事を手伝うことは少なく、あまり褒めてもらえませんでした。


母の母、つまり私の母方の祖母が、自分の五人の子供達を、あちこちで自慢するのを見て、うんざりしていた母が、我が子を褒めなくなったのではないか?とも思います。


もっと褒めて欲しかった私は、我が子は褒めて育てようと心に決めていました。


息子は、予想していたより顔も性格も、ずっと可愛く(親バカですが)、素直で聞き分けも良かったので、褒めて育てることが出来ました。


一人っ子のせいか、近所の小さい子達を可愛がり、よく面倒をみたりして、慕われていました。

小学校の成績表には、「のびのびと、元気に生活しています」と書かれていました。

自信過剰かな?と思うこともありましたが、たくさんの人に出会えば、自分の限界や能力も実感するだろうと思っていました。


日本は、欧米に比べて「自己肯定感」を持つ子供が少ないそうです。

「謙譲の美徳」が評価されるため、他人の前で親が我が子を褒めることが少ないからではないでしょうか?長所より短所の方が目につきやすいからもあるでしょう。


親から愛情を注がれ、自分を認めてもらっていれば、自分に自信が持てて、他人にも優しく出来る子供になりそうな気がします。


年を重ねて、容姿を褒められることは、あまり無くなりましたが、入院していた時、お茶を届けに来てくれる中年の女性職員さんに、「目が大きいんですね~。羨ましいわ」と言われ、ちょっとうれしかったです。

私は、担当の若い理学療法士さんの長い睫毛と爽やかな雰囲気が羨ましかったです。

病室で、編み物をしていたら、看護師さん達に「わぁ~、綺麗に出来ますね」と褒めてもらえたんでした。


自分が作った作品や書いた字や文章を褒められると、自分の能力を認められたと感じて、うれしくなります。


ブログにコメントをいただくのも、とてもうれしいです。

マイページを覗いて、「新しいコメントがあります」と出ていると、ワクワクします。

初めてコメントを下さった方には、出会えた縁とうれしさを感じ、ブロ友さんの暖かい言葉にはげまされたりします。


先日も、去年のクリスマスに書いた“シュトーレン”の記事を目に止めて、買いに行きたいですというコメントをいただきました。

お店の名前や場所をお知らせしたら、仕事帰りに行かれたそうで(私とすれ違いでした)、今まで食べたものの中で一番美味しかったと言っていただけました。


自分のことのようにうれしくて、お店のご主人に伝え、喜んでもらえました。

誰かに喜んでもらうことが出来るのは、うれしいことです。


褒めてもらうためだけではなく、友人達と楽しく付き合うためにも、知性と感性を磨いていたいと思います。