「♪あの頃はー、はッ」と、CMで和田アキ子サンの懐かしい歌が流れています。

ふと、学生時代に某国立大学の男子学生達と、雑談した時のことを思い出しました。

私が通っていたのは、女の子ばかりの短大だったから、時々他の大学から「合同ゼミナール」や、「合同ハイキング」、ダンスパーティー等の申し込みがありました。


地元の国立一期校と二期校からが多かったと思います。


小さい頃から、人見知りが激しかった私は、積極的には参加するのではなく、たまに座談会等に行っていました。


顔やスタイルに自信があったら、積極的に参加して、ボーイフレンドを作ったと思いますが。


友達の後輩には、合同ハイキングで知り合った男子学生と、卒業後に結婚した人もいました。


男女共に3~4人が並び、お茶を飲みながら話していた時、一人の男子学生が「女には、主体性が無い!」と言いました。

そうなのかな?と思いながら、黙っていました。


そして、どんな女の子を彼女にしたいか?という話になったら、その人は、「自分が美人だと思う人より、人に『お前の彼女、美人だな!』と言われるような子がいい!」と言ったのでした。


今なら、いや、もっと前の20代後半くらいの私なら、「主体性が無いのは、アンタじゃないの!それに女の子は、主体性を持つようには、育てられてないんじゃっ!」と言って、席を立ったと思います。


しかし、「あの頃は」、そんな風には感じることもなかったし、きつい性格の女と思われたくなくて、言い返したりしませんでした。


主体性を持って、はっきり自分の意見を言ったりすると、可愛いげが無い女と思われるに決まっていたし。


議員になる前の福島みずほサンでさえ、若い頃、男性に「理屈っぽい女だな!」と言われて、反論しそびれたそうです。

後で、「弁護士なんだから、理屈っぽいのは当たり前!」と言い返せば良かったんだと思ったそうです。

女の子は、控えめで、素直で、口ごたえ等せず、よく気がついて、自分のことより周りの人のことを優先して働く我慢強い性格が評価されて
いました。


「あの頃の」私も愛されたくて、無理していたのでした。


子供を産んで、育てる中で、愛されるより、愛情を注ぐことが心を満たすことを実感し、無理しなくなったのかもしれません。


女の子だからと、抑えつけずに伸び伸び育ち、その才能や力を思いきり発揮出来る社会がいいなと思います。


「人材」として育てていくのでなく、「使い棄ての労働力」としか見ない企業が増えて、日本や若者達に希望が見えなくなっています。