3学期は、いよいよ先生とPTAについての記事を作る予定でした。


アンケートでなく、どうするか?検討していたら、校長からストップがかかりました。


PTA新聞は、市や県や他の学校にも配布するので、先生達の意見を載せるのはちょっとマズいとか言っていたと記憶しています。


4月に赴任して来られ、挨拶した時には、「風通しの良い学校に!」と言っていたのは、タテマエか?と私達は不服でしたが、“P”と“T”は、対等ではなく、記事を作る時にも、広報担当の先生が出席したのは、夜会議を開いた一回だけでした。


お父さんの委員も二人いたので、編集会議は土曜日の午後開いていて、出席しようと思えば、出来たと思いますが、先生が意見を出したら、採用しないのはためらわれるので、まかせてもらった方が自由に作れたと思います。


先生達に取材しない代わりに、総務の先生が原稿を書いてくれることになりました。

みんなで、提出された原稿を読んだら、PTAのPの字も無い、子供達の登校風景の話でした。

「こんなの、ボツ!書き直すように言って来て!」と言いながら、言えない私達で、仕方なく載せたのでした。


やはり、学校は「開かれた場所」とは思えない体験でした。

もう、20年以上も前の話ですが。


先生達は、何を守っているのでしょう。

子供達の心や笑顔を何より一番に守って欲しいです。