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ふんわり堂日記

ふんわり堂*からだを整える施術所* 理学療法士・整体師。身体と心はひとつ。「身体に訊く」を大切に、科学と感覚の両面から、あなた本来の健やかさを育むヒントを綴っています。

自分という人間を、どう捉えるか?」

この問いに対して、野口晴哉さんの著書『体癖』と『風邪の効用』は、極めて独創的かつ本質的な答えを提示しています。読み進めるうちに、ふと一つの仮説が浮かび上がりました。

それは、「私たちが『自分』と呼んでいるものは、単なる思考の癖(習慣)に過ぎないのではないか」ということです。

「体癖」= 思考という名の左脳的な癖
野口晴哉さんの説く「体癖」は、単なる体格の話ではありません。

それは、身体の偏りと、そこから生まれる感受性や思考の傾向のセットです。

言い換えれば、体癖とは「脳の使い方の癖」であり、もっと直接的に言えば「左脳が作り上げた思い込みの自動プログラム」とも言えます。

私たちは皆、特定の偏りの中で、特定のパターンで世界を解釈し、特定の感情を反復しています。

これがいわゆる「性格」や「習慣」として定着しているだけなのかもしれません。

「活元運動」は、思考を止めるための究極のスイッチ
では、その凝り固まった思考の癖からどう脱却すればいいのか。




そこで登場するのが「活元運動」です。

活元運動とは、身体の自律的な動きに任せること。

これは、「思考をなくす(手放す)」ことと同義です。

興味深いことに、これはヨガの瞑想や、近年ネドじゅんさんが提唱されている「脳の静寂(左脳の自動思考を止める)」という理念と見事に一致します。

思考という「ノイズ」が止まった時、人は初めて「身体そのもの」として存在し、本来の生命力が働き出すのです。

共感覚としての活元運動
特に、2人以上で行う「活元運動」は、非常に高度で繊細なプロセスだと感じています。

言葉によるコミュニケーションを超えて、相手の気配や動きに同調していくその姿は、まさに「共感覚」の世界です。思考で分析するのではなく、相手の身体の微細な変化を直感的に捉え、それに呼応する。

この相互作用の中で、個人の境界線が薄れ、大きな生命の流れの中に溶け込んでいくような感覚があります。

自分を「手放す」練習
野口晴哉さんの教えは、決して古いものではありません。

むしろ、現代のように「頭で考えすぎること」に疲れ果てた私たちにとって、身体という拠り所へ戻るための、最も先鋭的なガイドブックです。

「思考の癖」を自覚し、「活元運動」でそれを手放す。
そうすることで、私たちは「考え込んでいる自分」から解放され、今この瞬間の「生そのもの」を生き直すことができるのではないでしょうか。

まずは今日、少しだけ深呼吸をして、頭の中の「自動思考」を横に置くことから始めてみませんか。


ふんわり堂🌿