メダンからシンガポー行きの飛行機に乗った瞬間にI could hear myself saying WOW!! Soo Bright!! 女の人がスカートはいている・・They are exposing her self !!なんとも一ヶ月のアチェ生活にどっぷりはまっている自分がいた。アチェはイスラム教のため女性は基本、頭も肘も膝も隠している。自分も頭は隠さないが殆ど肘も膝も隠した服を着るようにしている。本当に不思議な感じだ。タイムとリップをしているようだ。
It was soooo wiered to see girls were not wearing the islamic hat and wearing skirt…..しかも島だからかとてもPeaceful なトロピカル島といった感じである。何かが異様である、フィリピンの島に人は第二次世界大戦後の日本って感じだ。制服がそんな感じだったーモチロン戦後の風景を知っているわけではないがとりあえずみんな日本人のような顔立ちだった不思議だ・・・。。でもここはNIAS IN インドネシア。。I really feel confortable to be here.. Defenately seems diffenrent from Banda Aceh. ここで出会った人はみんな私がNIAS人だと思うらしい。レストラン、ホテル、オフィスどこでもNIAS人?って聞かれた・・・不思議なものだ。と思っていると、どうもNIASは昔戦争中に日本が領地としていたらしくスタッフのおばあちゃん、おじいちゃんは日本語を話す人もいるらしい。しかも日本人の血が混ざっている人が少なくないらしい。こんなところにもいたのか日本人・・・もっと日本の歴史を知らないといけないとしみじみ思った。
ここはCacaoとRubber が有名である。津波の被害はなかったものの、津波の後の地震の被害が大きかった場所である。しかも島なせいかインドネシアでも貧困度合いが高い場所である。Last 15th In Indonesiaらしい。
ナチュラルディザスターが起こるとすぐに人の命を助けるための仕事が必要となる。それをHumanitarian Workとよぶ。テント、食べ物、水生きるために必要なものを提供するのである。テントではずっと生活できないので、もちろん被害にあった人たちが元の生活に戻るためのRecovery Phaseがやってくる。そのときに津波で家をなくした人、仕事をなくした人、例えば土地がやられてお米を作れなくなってしまった人には他の農作物を作る方法を教えたり、船をなくした漁師には船を与えたり元の生活に戻れるようにサポートをするのである。今後はLong Term Livelihoodと呼ばれ、今後は貧困をなくすための環境つくりをしていく時期に入っていくのである。私の仕事はちょうどそのRecovery PhaseからLong Term Phaseへの切り替えの時期となっている。ここでする私のトレーニングを元にスタッフが今後ここでCommunityに提供していく戦略を立てていくのである。