第1章  蓬莱にて




「よう、しけた面してんな」

 いつものようにふらりと現れた”彼”に男は声をかけた。

 腰まで届く、燃えるように鮮やかな赤い色の髪を背中でゆるく束ね、彼の表情はうつろだった。本来の性別に見えないのは長い髪よりもむしろ容姿によるところが大きい。

「・・・王を選ばない麒麟はどうなりますか? 王になるべき者が命を落とさず、天命だけを失うことはないのですか? 聖神邪、あなたなら、ご存じでは・・・」

 その後は声にならず、うつむいてはらはらと涙を落とす。

「見つけたんじゃなかったのか? 王を」

 自ら聖神邪と呼んだ男の言葉に、彼はわずかに首を振った。

 華奢な少女にしか見えないが、実年齢はすでに二十代も半ばを越え、このまま主を得ることが出来なければいつ寿命に倒れても不思議はない。それが神獣「麒麟」の定めなのだから。

「できません・・・」

「有無を言わさず連れてっちまえばいいんだよ。許すと言わせりゃこっちのもんだ」

「でも・・・あの方は・・・」

「ったくメンドくせぇ野郎だな」

 聖神邪は遮るように大声を出した。

 金茶の髪を逆立て、黒いタンクトップに革のパンツ、手首には彫刻の施されたシルバーのブレスレット。彼の正体を知らない者の目には、ごくありがちなパンクロックの青年としか映らないことだろう。

 天帝が定めた世界の節理の外にあるもの。

 世界を作り出し、のちに天帝がそれを支配することを許した創造主。かつての名を捨て、今は自ら聖神邪と名乗る。

「・・・まぁ、とりあえず、入れ」

 眉間のしわを幾分和らげて華奢な肩を抱く。

 節理の内の世界にかかわらないと決め、中有郷に居座ってから何万もの星霜を過ごしてきた。ここへたどり着くことは並みの霊力では不可能---麒麟を以てすら怪しい。

 にもかかわらず、迷い込んできた峯麒。生まれたばかりの姿で。混沌氏たる彼も伝説でしか聞いたことのない赤麒の秘めたる力は如何ほどのものなのか。興味をそそられてつい拾ってしまった。

 それから人の世で二十数年、王を探し続ける峯麒は時折思い出したようにここへやってくる---舞い戻ってくる。蚩尤(しゆう)とかいう途方もない妖魔を使令に下すほどの力を持つようになった今も。





                                                             つづく