「--砂漠を見るのは初めて?」
ぼんやりと窓の外を見ていたらしい。彼に声をかけられて我に返った。
「・・・こんなに赤いのは初めて見るわ」
ドームの外にどこまでも広がる、夜の闇の中でさえ赤い砂漠。ドームの中は快適な気温だけれど、外は耐えられないほどの寒さだろう。たぶん、サハラよりも。水と植生のない土地の日較差(最低気温と最高気温の差)はどこも大きいものだ。
「コーヒーでもどう?」
「ありがとう。いただくわ」
傍らに置かれたカップに口を付ける。
「後悔してる? こんなところへ来てしまったって」
背中を向けた彼が自分のカップを置きながら言った。声には苦笑の響きがある。
「まさか。あなたと仕事が出来るなんて光栄よ」
そう、これは紛れもない本心。彼とともにいたくてここへ来た。
彼はにやりと笑った。
「じゃ、赤い砂漠のアダムとイブになるかい?」
一瞬、息が止まる。
本当のプロポーズならよかったのに。
「・・・あいにくだけど、イチジクの苗木は持ってきてないの」
彼は微笑んだ。どうやら私の答えは合格点をもらえたらしい。
「次の便で取り寄せるよ。不老長寿の実がなるまで何年ぐらいかかる?」
「そうね、順調にいけば2年ぐらいかしら」
「ここの土壌はテラロッサと似たようなもんだ。君がその気になれば不可能はない。だろ?」
「相手は自然よ。私たちに出来ることは試すことと、運を天に祈ることだけ」
「ドームの気候設定を地中海性に変えてみるよ」
溜息まじりに肩をすくめた。
「ずいぶん楽天的なのね」
「そう、実はイタリア人なんだ」
おどけてみせる彼に、思わず微笑んだ。
「やっと笑ったね」
安心したように言う彼に、今度ははっきりと笑顔を向けた。
「・・・面接は合格かしら? 何ヶ月もドームに缶詰だもの、相性は重要でしょ、リチャード」
「ディックでいいよ」
彼は穏やかに笑った。
「ようこそラカートへ。君なら本当にここをエデンに出来るんじゃないかと期待してるよ、メアリ」
「ありがとう」
「・・・もうすぐ夜明けだ。地球も見えるといいんだが」
私たちの故郷、青い惑星。
不意に涙が浮かんできた。いやだわ、ホームシックかしら。リチャード・・・ディックの傍にいられるなら幸せなはずなのに。
そう、たとえ、バーチャルリアリティシステムのAIであっても。
(終)
BGM 藤澤ノリマサ「赤い砂漠」
TM network「Electric Prophet」
篠崎正嗣「ヴィオロンの涙」
ではここで問題です。
問) AI(人工知能)なのはメアリとリチャード(=ディック)のどちらでしょう?
答えはまた後日。