いつ結婚してもいいと思っていた。
いや、どちらかというと、子どもの頃から30そこそこをかたく想像していた。
やりたいことがたくさんあるから、結婚はやりたいことをぜんぶしてからとなんとなく決めていた。

いつ妊娠したいかなんて、想像したこともなかった。
ただひたすら、今は困ると思い続けていた。

結婚しても妊娠しても、仕事というものを続けていたかった。仕事に夢中でいたかった。


それが夫と出会って、ぜんぶゆるんだ。


気がついたら結婚して妊娠していた。
その渦中の時々ではもちろん、結婚にも妊娠にもためらったしとまどった。
自分にOKは最後まで出せなかった。
夫がOKを出してくれるから、気弱にうなづきながらおもいきれた。
自分の理想とする結婚の時期でも妊娠の時期でもなかった。
でも現実には今がその時だとわかっていた。
結局は完全にゆるゆるとそういうことに導かれた。
これまでなんでも自分で決めて自分で動いた自分には、こんなかんじは初めてのことだった。
まわりにはこれまでと相違なく、私自分自身で決めたことと思われたはず。
みんな祝福してくれた。


夫はハッキリと、20代のうちに私を母親にしたいと早くから言葉にしていた。

その願望と直観には、なんとなく意味があったような気がする。
どういうことだかわからないけど、
今この時が、結婚しどき妊娠しどきだったはず。
夫の直観をなぜか信じている。
彼だから結婚も妊娠もできた。

もし今を逃したていたら、私は結婚も妊娠もしなかったのかもしれない。
結婚も妊娠もなければ逆に、
新しい世界へ飛び込み続けることができなかったのかもしれない。
そうなれば延長線上の変わらない成長を続けていた。
それはそれで、そういう人生もあるだけのこと。良くも悪くもない。
それはそれで、時には濁りながらも楽しく凛々したはず。
けれど私はそうはならなかった。


未来明日、夫と子どもに心から感謝できて、自分に後悔のない道を、行きたい。行こう。そうしよう。

自分がどんな姿になっても、
やりたいことはたくさんできるから。

胎動を、地震とかんちがいして、あたりを見回すこと数回。
胎動を、目眩とかんちがいして、目をつむること数回。
胎動を、腸の空気移動とかんちがして、まちかまえること数回。

酔いそうですよ。
錯乱しそうですよ。
ドキドキドキドキどっちのドキドキ。
母?子?どっちも!


胎動を感じるとき。
1位 眠るまえ、夫と手を子宮に上にあてているとき。
2位 料理がいよいよ佳境に入り、いい匂いがしてきたとき。
3位 甘いものを食べたとき。
4位 音楽を聴いているとき。

今日は、チョコロールケーキとレキシの「キラキラ武士」でした。
母になっても出女のような女でありたいものです。
3年前に言われた言葉を言った友だちに昨日言った。

「もういいやん、いつまで言うてんの、もうその男じゃなくていいやん」

友だちはずいぶんと3年前にひどいことを言ったと言った。
じりじり傷つく言葉だけど、どこもひどくない。
感覚的に生理的に、こちら側はそう思うだけのこと。

彼女への思いやりがないわけではない。
だって幸せになってほしい。
彼女の希望は今の彼じゃ絶対に叶わない。
でもやっぱりただ、彼のなんでもない日常の言動を愛しく思い彼の未来を心配し、彼との未来の可能性を夢想する今の彼女にイライラする。

その男はもう知らない女と結婚するのです。
その男はもう自分の夢をあきらめているのです。
その男はこれからも会いたいなんてもうあなたに甘えてしかいないのです。

その男は、親にも社会にもネチネチ逆恨み。
かっこ悪い。
かっこ悪くなってしまった。
思春期までの傷を消化させることは、自分の仕事。
過去のどうしようもない自分ベースに未来を選ぶ彼がとても気持ち悪い。
未来ベースに今を選べ!


彼のための料理。
彼のための下着。
彼のためのおしゃれ。

料理は身体をつくるため。
下着は身体を守るため。
おしゃれは身体で表現するため。

自分には価値がないと泣くけれど、
彼女ほど自分を好きな人を私は知らない。
綺麗になりたい、可愛くなりたい、そんなことばっかり思っているのがよくわかる。
そしたら彼がこっちを向くと思っているのがよくわかる。

でもなんか、うんざりするような恋愛ほど、ずるずるっと続く気がする。


あー、やだな。