2007/11/11(日曜日) 事故当日



いつもは早寝・早起き(5時起床 9時就寝)の私ですが

田舎に帰省してるときは 時間に追われることもなく、

朝は比較的ゆっくり起きます。



この日も一度 朝、7時ぐらいに目が覚めたけど またウトウトと

眠りにつきました。



すると お義父さんの 叫び声が聞こえてきました。



 『おぉーい!   おぉーい!』



主人も、お義父さんも お義母さんも皆、耳があまりよくないので

ちょっと呼ぶ時も結構こんな感じで呼ぶので いつものように

誰かを呼んでるのだろうと思いました。 



時間を見ると8時。  すると隣にいた娘が



 『れんくん、こたつに入ってる?』 と聞いてきました。

(田舎は凍りつくほどとても寒いのでこたつに入りながら寝てます)



こたつに入ってるって?? まさか またゲージから出してたの?



さっきまで特に気にならなかった お義父さんの叫び声が急に

緊迫した声のように聞こえてきました。



まさか? まさか?  その時一瞬思ったのは 外に出てしまったと

想像しました。  


今思うとそっちのほうが生存の可能性があったからまだよかった。



とにかくこの家は玄関も 各部屋も開けっ放し。 


お散歩や車が大好きなレンくんはお外に出てしまう可能性も

高かったのです。



すぐさま布団(こたつ)から飛び起きて、 すぐさま娘に放った言葉が




『だから 勝手に出すなって言ったでしょう !!』 



とっさだったとはいえ この言葉は その後の事態と共に娘の心の奥深くに

突き刺さったことでしょう。



まず最初に玄関に続く部屋に行き、外を見ました、 その時も各部屋の

扉は開いており、玄関も全開な状態。



靴を履いて外に探しにいこうと思ったけど、さっきお義父さんが叫んだことを

思い出しました。  



お義父さんは 持病のぜんそくで 酸素を吸うためにほとんど

自宅にいることが多いのです。 

 それも 例の堀ごたつがある部屋で・・・・・



すぐに堀ごたつのある部屋に行くと、 掘りごたつのそばで 

全身ボロボロに焼け焦げて横たわってるレンくんがいました。



キャーーーッッ!!     



どんな叫び声だったかは覚えてません。 とにかく大きな声で

声にならない声で・・・・叫びました。



それまで 怖くて怖くてまだ寝室にいた娘は 私の声を聞いて

何かが起きたことを悟ったのでしょう。



耳をふさぎ、裸足のまま家から飛び出して 離れにある家まで

逃出しました。



私以上に神経質で不安感の強い娘。 危険に関してとても敏感な娘。

そしてレンくんと共に生活することで繊細な心を強くしていった娘。



どれだけのショックだったことか・・・・・。 


現実を見たくない 認めたくないという思いからとっさに

そんな行動をとったのでしょう。


1時間前まで、いつもと変わらぬ迎えた田舎での朝のマッタリタイム。


一瞬にして悪夢のような時間を過ごすこととなりました。    つづく





前日の補足。


レンくんとの帰省も慣れて ここ1年、つい気が緩んでしまい始めた

と書きましたが、 この度の帰省は今まで以上に気の緩みがあったと

思います。


家族の中で 危機管理について敏感なのは私と娘。


特に娘の方は私の影響もあってか 少し神経質なぐらい

危険に関しては敏感で 常に注意を払う子です。


そんな娘も 慣れてきたのと レンくんへの愛しさからか、

裏山から戻るとすぐに、ゲージからレンくんを出してあげたいと 

訴えてきました。


この一年は田舎にきてからも 監視のもとでなら と

出すことを許しましたが 必ずリードをつけた状態でした。


ところがこの度は リードつけたままは可愛そうだから、と

外してもいい?と 聞いてきたのです。


ん~・・・   悩みましたが 私自身も何度も重ねた帰省で

危機管理の意識も薄れてたのでしょう。   許してしまいました。


その時は私も同じ部屋にいて2人で見てる状態だったので

部屋のとびらが 急に開いても対処できました。


そして私は夕飯を作るので レンくんをゲージに入れるように

娘に言って  ご飯の支度をしてました。


すると、 1~2時間後 


『ダメ! レンくん そっちいっちゃ!』 と 娘の叫び声。


キッチンのよこにある食事部屋(掘りごたつのある部屋)まで

レンくんが脱走してきたのです。 


レンくんはこたつが大好きなので絶対に入り込むことは

分かってました。


慌てて 止めて、直後に娘に注意しました。


『ちゃんと見ておかないとダメじゃない!』 


その時 私はさらに、もっと注意すべきでした。


私の許可と監視なしに勝手にリードもつけずに出すのは駄目


 と・・・。


一度脱走を目撃してるのに 私の気はまだ緩んでたようです。


その晩も もう一度(今度は私の監視も加わり)ゲージから

出して一緒に遊んだり、 こたつの中に入って くつろいだり

してたのですが、  私はこの時 少しいつもと違う感覚が

ありました。


こたつ布団をめくって レンくんを見てると レンくんも

こちらをジーっと黙って見つめてました。 チワワ


その時、なんかふと、 レンくんに対して妙な感情を抱いたのです。

それが別れが近いとか 寂しいというような感情とも違うし

単に可愛い~というものでもないし・・・シラー


上手く言えませんが 何かレンくんに対して私は心で話し掛けた

記憶があります。  生きているうちにレンくんに語りかけたのは

これが最後です。


そして いつもと変わらぬ夜を過ごし 私たちは眠りにつきました。ぐぅぐぅ



※レンくんに話し掛けた言葉は、どんな内容だったのかというのは

 記憶にないので 書けなくて申し訳ないんですけど。。。 

 何かいつもと違う感覚を抱いたことだけは間違いありません。


 曖昧な表現になってしまい分かりづらいですけど、

これも記録として残しておきたいので 書かせてもらいました










このブログ当初に事故については書いてますが、

もう少し詳しく書いてみようと思います。


2007年11月10日(土曜日) 事故発生前日


約2ヶ月ぶりの田舎への帰省。車


我が家は正月、GW、10月の祭りに合わせて 年3~4回帰省してました。


ここ近年は、主人の両親も高齢だし 体もあまりよくないので、

2.3ヶ月に一度 多いときは月1.2回帰ることも多くなりました。


子供たちも大きくなってきてるし、レンくんも車酔いもなく、長時間

乗っていてもイイコにしてるし 私も車の運転も昔よりは好きになって

きたので、帰省は年々楽になってきてました。


そういう意味では私も家族も 気が緩んでいたのでしょう・・・・・


実家に着き、少しくつろいだ後 裏山に登り、

柿や柚子柚子を取りました。


収穫最中、私は家族と少し離れた場所で 自然の中で大きく息を吸い

目を閉じて瞑想してました。顔


サワサワと風に吹かれた草木や鳥の声を聞き、葉っぱの匂いを

嗅ぎ、 すごく幸せな気持で満たされたのを覚えています。

霧 秋き 黄色ハルクイン パステルレインボー き 銀杏の葉 霧


結婚当初、農家で本家で長男の嫁という立場になった時は

ちょっとした覚悟をしたものだけど、 寒さが苦手なのに

 冬場は洗ったお皿が凍りつくほどの寒い地域。雪


おまけに携帯は圏外携帯、テレビもたまにまともに映らなかったりテレビ。

近くにはお店どころかお隣さんが1キロ先という こんな場所に

いつかは住まなければならないかもと思うと ブルーになってました。

          ガーン  


でも、ここ数年は 価値観がすっかり変わり、この自然の中で

暮らしていきたいと思うようになってきました。田舎・・・


この日感じた幸福感は 益々その気持を強くさせたのです。


そんな気持を抱いた翌日に この場所が悲しみの思い出の場と

なるとは 夢にも思いませんでした。。。。。