ユチョンが宿泊した佐賀県の旅館 《続き》
スンウさんも日本にファンクラブがあり、5月6月とファンミーティングがあるので、東京に来ると言っていたが、地震は大丈夫だろうか。日本語も上手だ。たくさん努力するのだろう。野球が好きらしい。大声でいつも笑っている。どこにでもいる冗談好きのおじさんという感じだ。
制作会社の社長さん。今韓国で人気を博している、ソンスンホンとキムテヒ主演の「マイ・プリンセス」も、この社長さんの会社が制作したそうだ。韓国に遊びに来いと誘ってくださった。
イダヘさんと、洋々閣支配人の正康。
ダヘさんは肌がきれいでシミひとつない。磁器の人形みたい。「チュノ」の撮影の時、王子様を抱っこして岩ゴツゴツの道を逃げる時など重くてたいへんだったでしょうというと、「わかってくれてありがとう。男の人はだれもわかってくれなかった」と。オーストラリア育ちらしく、私とは英語で会話した。今回のドラマのヒロイン「ミリ」は珍しい役どころのようだ。役の上ではこの人を捨てた日本人の母親が「ハルミ」という名前らしくて、「ハルミ」は私の名前! こんなかわいい子をどうして捨てたのかしら?
「チュノ」の時の物静かなイメージとちがって、大きな声でキャッキャッと良く笑う。キムスンウさんの「ガハハハ」とういうような独特の大笑いに負けない大声だ。
ドラマではダヘさんの妹分を演じるカンヘジョンさんは、ほんとうはダヘさんより年上らしく、ダヘさんが「オンニ」と呼んでいた。疲れた顔ひとつ見せず、わがままひとつ言わないスターだ。部屋の隅でご主人に電話をかけていた。ドラマで見るように「オッパ~」(お兄ちゃん)と呼んでいた。ヨボ(あなた)とよぶのは年取ったひとだけみたい。私もひとつ、主人を「オッパ」と呼んでみようか。77歳のオッパはびっくりしてギックリ腰になるかもね。
さあ、お待ちかね。パクユチョンさんの写真をどうぞご覧ください。隣にバアサンが写っているのが気にいらない?はあ、そうですか。ごめんなさい。私の顔を切り取ってご自分の写真をはめ込んで下さいませ。
二日目、皆がロケハンに出た時、ユチョンさんは残って休んでいた。だから呼子のイカを食べそこなったけど、洋々閣で牛丼をお出しした。普通は、洋々閣のメニューには牛丼はありませんですよ。食堂ではないのですから。でも喜んで、「おいしかった」とカンヘジョンさんに夕食時に話したらしく、ヘジョンさんが「明日の朝ご飯に私もプルコギどんぶりを食べたい」と言うので、朝っぱらから牛丼をお出しした。
ユチョンさんはJYJとして高額の寄付を被災地にくれているようだ。
玄関でキムスンウさんと主人と私。奥さんのキムナムジュさん(有名女優さん)と一緒に又来てくださいと言うと、ぜひ連れてきたいと。奥様の話をすると、はにかむような顔になられる。いい人なんだな、と実感する。
左端は私の友人力久邦子さん。右端は私の韓国語の先生ユンミギョンさん。今回も何かと手薄なところを手伝って下さった。
呼子の萬坊でイカの活き造りをごちそうになりました。太田社長さん、有難うございました。イダヘさんはtwitterにここの写真を載せていたと、あるブロガーが教えてくれた。ダヘさんのブログは、「地震の3日前には福岡にいたけれど・・・」というような内容で、こころを痛めてくれていたそうだ。
呼子の帰りには高取邸を案内し、美女ふたりを看板の前でパチリ。
夜は脚本読みあわせ。髪の長い後姿がイダヘさん。その手前のコートがカンヘジョンさんで、あれ?本人はどこ?向かい側がユチョンさん。黒いシャツが監督。作家が書いた脚本に俳優も意見を言えるらしい。
真剣な読み合わせが夜遅くまで続いた。
どういうドラマが出来上がるのか、今から楽しみだ。
嵐のような3日間が過ぎ、大部分は韓国へ帰り、監督とほか2,3人が東京近辺のロケハンの為に東京へ行って、まだいるうちに地震が来て、しばらく電話が通じずにソニョンさんがずいぶん心配したが、やっと連絡がとれ、無事にソウルに戻ったそうです。
つらいニュースばかり続きますが、どうぞ世界中の人が称賛している日本人の自制心と忍耐力を持ち続けて一日も早く事態が好転しますように祈っています。私のメールへもずいぶんたくさんの外国のお客様から励ましのことばを頂いております。皆さん、頑張ってください。
また来月お目にかかれればいいですね。
今月もこのページにお越しくださってありがとうございました。
また来月もお待ちしています。


