教えることに生きがいを見出している人は出世できない。


一昔前、塾・予備校にはカリスマという人たちが存在した。


「講師」と言えば聞こえがいいが、非正規雇用である。


不況の煽りを受けていつ首を切られてもおかしくないのである。


時代は変わったのだ。


授業はサービス、社員は営業マンなのだ。



社会人になったからには、プライベートを充実させたいと思う。


しかし、平日に1日休みがあるだけで、土日は仕事である。


大学の仲間ともすっかり疎遠だ。


しかも、昼からの出勤とはいえ、帰りは終電。


校舎でコミュニケーションをとる以外に、人と接する機会が極端に少ない。



業界で社員の離職率が高いのもわかる気がする…。





出勤して生徒が来る前の清掃をしていると、突然、大石先生が倒れた。


本人は大丈夫と言っているが、あきらかに顔色が悪い。額に汗も滲んでいる。


「救急車を呼び・・・ま・・・しょう!」


出来るだけ落ち着いて口に出したつもりが、不安が声に出てしまった。


「本当に大丈夫です・・・良くあることです・・・」


大石先生は立ち上がり、自分の席に座った。


「病気なんですか?」


「子どもの頃から胃を悪くしていまして・・・。少し休めば大丈夫です。ご心配をおかけしました。」


「本当に大丈夫なんですか?校舎のことは任せてくれれば大丈夫なんで休んでください。」


「そうですね・・・。じゃあ、本当に苦しくなったらお願いします。」



授業中も大石先生が心配で、授業をしている声を何度も確認した。


子どもの前では体調が悪いことなど微塵にも見せない。


本当のプロの姿だ。



授業が終わり、講師の人たちが帰り、大石先生と2人になった。






















「この生徒をお願いしたいのだけど。」


「何の教科ですか?」


「高2の英語。私立に通っているのだけど、留年しそうで・・・」


「いいですけど、今年だけしか見れませんよ?」


「来年はまた誰か探すよ。じゃあ、よろしく。」


この生徒の顔は知っている。


後輩講師たちが、可愛いと騒いでいた。


可愛いと表現するより、カワイイと表現した方が相応しい女の子だ。




「80点取れるようになろう。」


「絶対ムリ!今まで30点くらいしか取ったことないし!」


「大丈夫、大丈夫。さ、やろうか。」



2月、高2の学年末テストがあった。


結果は、60点。


80点には届かなかったが、60という数字と誇らしげな生徒の顔を見て…、決めた。



僕の進路を知っている彼女は、


「たぶん、向いてるよ。」


と言った。




4月


僕は新たなスタートを迎える。











5月の末に同期の飲み会があった。


荒川さんは来なかった。


聞いたところによると、退職を考えているらしい。


まだ6月。


梅雨入りもまだだ。


2か月の間に何かあったのだろうか。


この飲み会についてメールをしたが返信はなかった。


同期の女の子たちも連絡を取っていないらしい。


このことを大学の先輩に話すと


「仕事なんてそんなもんじゃない?」


と言われた。



6月に入ると、会議では、夏期講習についての議題がメインとなった。


「目標は・・・」


「何人見えてる?」


「この塾生は何で登録しないの?」


メグレは今日も同じことを繰り返す。


僕が、メグレ会議に出席するのは週に1回だが、週に2、3回の会議がある校長先生たちはどんな思いだろう。


大石先生の校舎での口癖は、


「胃が痛いです・・・」


である。



突然、メグレが、


「・・・くん、どうやって生徒を集める?」



「吉川くん!」


「は、はい!」


「君は入社して2か月だが、そろそろ一社員としての・・・」


やってしまった・・・。


「ええとですね・・・、理科実験などはどうでしょうか。」


「何の実験をするの。」


「まだわかりません。」


「しっかり考えていないことを口にするのはどうかと思うよ。」



校舎に戻ってからも気分が沈んだままで、生徒に、


「元気ないね。」


と言われたことでさらに落ち込んでしまった。



6月は夏期講習生を増やすための業務ばかりだった。


数字を追いかけてばかりの仕事にうんざりし、塾講師としての情熱も失いつつある・・・。