私はサンフランシスコにいた。

ちょうどそれは出かける前キッチンにいるときだった。ドンと揺れた感覚があった。一瞬のことだし、気にかけず夜その日友達と出掛けた。
そしたら、出先のパーティで会ったアメリカ人に 今日本が大変な事になってるみたいだけどあなたの家族は大丈夫?と。
その時まさかそんな大きな地震が日本を襲ったとは思いもしなかった。

帰ってすぐにテレビをつけたらどこも日本のニュース。
毎日増えてく被害者の数、津波の映像そして原発事故。血の気がひいた。

もちろん、大阪の私の家族は問題なく無事だったが。日本人として自分の母国が壊滅的な状況に陥ってるのをただテレビやインターネットを通じて遠いアメリカの地から眺めるしかできなかったもどかしい気持ち、何もできない憤り、悲しい、虚しさなど困惑した心情にかられた。

それはアメリカに住んでいる日本人はもちろん、サンフランシスコに住んでいる多くの人も心を痛めて心配してくれていた。
語学学校に通う他国の友人やアメリカ人の友達みんな気にかけて優しい言葉をかけてくれた。
私も毎日ただ祈った、震災に遭われた人たちが一人でも多く助かりますようにと。
多くの人があの時そう祈っていたと思う真剣に。
サンフランシスコでもたくさんのチャリティイベントが開催された。
世界のたくさんの人が日本の為に祈りを捧げてくれているのが日本の外から見ていた私にはとても感動的だった。

この時私は日本はとても愛されているんだと感じたと同時に、私達(比較的若い)日本人の世代の留学生はそれ程他国の人達に比べれば愛国心もないことに反省し、日本にいる家族や友人の側に居たいと思ったし日本の誇るべき大自然を守りたいと思った。その時、日本に帰国しようと心に決め今に至る。

一人のチカラは小さいけども、たくさんの人の祈りの光りがあの時確かに注がれていた。

今一度また、たくさんの祈りが被災に遭われ、いまだ避難施設などに住まれている方や原発事故によって被災した土地に届きますように。


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And it will be a light making peace of the world.