今日たまたまテレビをつけたら脳研究家の茂木健一郎さんと今東京で天才でごめんなさいという個展を開いている会田誠さんが対談しているのを見た。
変人好きな茂木さんと変人と自覚していない意外と素朴な天才、会田誠さん。
茂木さんいわく変人ほど自分は普通の人間だと思っている。
変人からしたら普通の人の方が変わって見えるんだろうと思う。普通の人は普通にサラリーマンになって自分の感情を押し殺してストレス貯めながらそれでも毎日規則正しく会社に通う。
変人からしたらそんな生活は普通じゃないというのは当たり前なんだろうなぁ。
私もよく昔から変わってる人と言われたけど普通だと思ってる。
何でも気にしてしまうナイーブな年頃のときには、一体何が普通なの!?って叫びたくなった。
普通って人それぞれの基準で平均的なものなのかもしれないけどそれに当てはまる人かそうでないかはやっぱり人それぞれ違う価値観を持っているから違うのであって、それをその人の個人の観念で普通じゃないってあてはめて言うというのはエゴの押し付けのようにも思える。
そんな私は父親に危うく普通の子に育つように並の子、並子とつけようとしたらしい。そんな名前にされなくて良かったと思う私はやっぱりはじめから変人になりたい願望が少なからずあったのかも。
たまたま私もそのとき今の仕事の状況に悩んでいて、このテレビで茂木さんが言った幸福論 無理をしていたら幸福には慣れない。というのが私の心を動かした。
私が思う天才論は 天才は天から降りてくる才能を自由に表現できる人。なんじゃないかと思った。
たぶんそれは第六感が覚醒している人なんじゃないかと思うんだけれど、現代の社会にもまれて過ごしているとそういった直感などを敏感に察知したりする機能が確実に劣ってくる気がする。
一見簡素で便利なものを好んで使用したりしているけどそれは人間本来の動物的な第六感を衰えさせていくのを助長するんじゃないかと私は思うんだけど、昨年末に買ったiPhoneをこよなく可愛がっております( ‾ʖ̫‾;)
変人好きな茂木さんと変人と自覚していない意外と素朴な天才、会田誠さん。
茂木さんいわく変人ほど自分は普通の人間だと思っている。
変人からしたら普通の人の方が変わって見えるんだろうと思う。普通の人は普通にサラリーマンになって自分の感情を押し殺してストレス貯めながらそれでも毎日規則正しく会社に通う。
変人からしたらそんな生活は普通じゃないというのは当たり前なんだろうなぁ。
私もよく昔から変わってる人と言われたけど普通だと思ってる。
何でも気にしてしまうナイーブな年頃のときには、一体何が普通なの!?って叫びたくなった。
普通って人それぞれの基準で平均的なものなのかもしれないけどそれに当てはまる人かそうでないかはやっぱり人それぞれ違う価値観を持っているから違うのであって、それをその人の個人の観念で普通じゃないってあてはめて言うというのはエゴの押し付けのようにも思える。
そんな私は父親に危うく普通の子に育つように並の子、並子とつけようとしたらしい。そんな名前にされなくて良かったと思う私はやっぱりはじめから変人になりたい願望が少なからずあったのかも。
たまたま私もそのとき今の仕事の状況に悩んでいて、このテレビで茂木さんが言った幸福論 無理をしていたら幸福には慣れない。というのが私の心を動かした。
私が思う天才論は 天才は天から降りてくる才能を自由に表現できる人。なんじゃないかと思った。
たぶんそれは第六感が覚醒している人なんじゃないかと思うんだけれど、現代の社会にもまれて過ごしているとそういった直感などを敏感に察知したりする機能が確実に劣ってくる気がする。
一見簡素で便利なものを好んで使用したりしているけどそれは人間本来の動物的な第六感を衰えさせていくのを助長するんじゃないかと私は思うんだけど、昨年末に買ったiPhoneをこよなく可愛がっております( ‾ʖ̫‾;)
