「こんな仕事もまともにできないのか!?」 


 朝から上司に叱られるなんて、今日はツイてない一日になりそうだ。
毎日毎日、得意先には頭を下げ、上司の機嫌を伺い、同僚や職場の人間には気を使い、本当に今の自分がこのままでいいのか疑心暗鬼に陥ってしまいそうだ。 


 麻衣 「おはよう!」

そう言ってお茶を出してくれたのは、同期社員でもあり、付き合って半年になる彼女の「麻衣(まい)」だ。 


 聖也 「朝から格好悪いとこ見せちゃったね。俺も今回のミスはかなり凹んでるよ」 


 麻衣 「失敗は仕事で取り返すしかないんじゃない?

聖也なら大丈夫よ!」  


麻衣はいつもそうやって俺を励ましてくれる。なのに最近の俺は小さなミスを連発しまくって怒られてばかり。情けなくお粗末な話だ。それでも時間は待ってくれない。今日も愛想笑いと頭を下げに得意先に行かなくてはならない。

数件の得意先を回り、ふと路地裏にあった年期の入ったラーメン屋を見付け昼食をとる事にした。
店主が一人、他の客は誰もいない。俺はカウンター席に座りラーメンと餃子を注文した。待っている間、隅に置かれたテレビを見ている。何やらタレントが観光地でレポートをしている番組だった。


 聖也 「俺もたまにはのんびりしたいなぁ」 


 そんな事を思いながら出されたラーメンをすすっていた。 


 店主 「顔に疲れったって書いてありますよ」

 いきなりの店主からの言葉に驚いた。 


 聖也 「やっぱり分かりますか?」 


 店主 「疲れたって感じた時は、身体が休めって言ってるんですよ。休暇でも取ってゆっくり温泉にでも行ったらどうですか?」 


店主には全て見抜かれていたようだ。
確かに最近は旅行にすら行けてないしミスも多かった事から、一度リセットするのも悪くないかもしれない。しかし、会社が休暇を取らせてくれるか当てにはならない。


 聖也 「ごちそうさま」 


 店を出ると何だか無性に今の自分に嫌気がさしてきた。一か八か、ダメ元で私は上司に休暇願いを出してみる事に決めたのだった。 

 翌日、上司に呼ばれたのでまた何か怒られるのかと思いきや、以外な言葉が帰ってきたのだ。 


 上司 「昨日の休暇願い、上層部から許可がおりたぞ」 


 そう言って、私は週末から一週間の休暇を取ることができた。とは言うものの、思い付きで出した休暇願い。何の当てもなく、どうしていいか検討も付かない。そんな時、ふと、思い出したのは学生の頃に習っていた「剣道」の合宿で行った、とある山中にあるペンションである。大人になったらまた皆で来ようと約束していた思い出の場所。そんな約束をした事すら忘れていたのに、何故かあの場所が急に懐かしく思えてきたのだ。俺は帰宅するなりパソコンに向かい、今でもあの場所があるのか調べる事にした。
しかし、しばらく検索してみたものの、それらしきペンションは出てこなかった。急遽、当時の友人に連絡をしてみると、そこは確か栃木県の日光東照宮の近くだったと判明した。あとは、当時の写真を頼りに、地元の人に聞き込みながら探すしかないと、まるで冒険にでもでるかのようにワクワクしてきた自分がいた。 


 聖也 「こんな気持ちになるなんて何年振りだろう」


 俺は早速麻衣に連絡し、しばらく留守にする事を伝えた。 


 麻衣 「何で急に?相談もなしに出掛けるなんておかしいよ!」 


 言われてみれば確かにその通りだ。彼女を放ったらかして旅行に行くなんて有り得ない事だ。しかし、今の自分をリセットしたい気持ちを素直に伝えると、麻衣は渋々だが「一日一回は必ず連絡する」という条件を付けて許してくれた。俺は週末の出発に向けて支度を始めたのだった。

 電車に乗ると、車窓に映る自分の顔は不思議と生き生きとしていた。おおよその場所と写真だけが頼りの旅行なのに、不安になるどころか、まるで吸い寄せられるかのようにあのペンションを目指した。


 聖也 「まずは東照宮にお参りしてから聞き込むかなぁ」 


 ホームに降りると迷わず東照宮に向かい始め、そして目の前には異空間の入り口かのような立派な鳥居が現れた。 


 聖也 「さぁ、冒険の始まりだ!」


 そんな子供染みたセリフを思いつつ鳥居をくぐった時、フワッと暖かい風に包まれるような不思議な感覚が押し寄せてきた。 境内で手を合わせた後は、早々にあのペンションを探し始めたが簡単には見付かるはずもない。交番、地元の人、観光案内、土産屋と、手当たり次第に声を掛けたが成果は得られなかった。半分諦め掛けていた時、朧気ながら小さな川沿いを歩いた事を思い出した俺は、近くの川を探索することに決め動き出した。
東照宮からさほど離れていない小さな川を見付け、ひたすら川沿いを上流に向かい歩き続けた。一時間以上歩いた頃、古びた看板が目に止まった。


 聖也 「あった!このペンションだ!」 


 そこにはペンション入り口と書いてある。俺は無我夢中で山道を上がって行き、とうとう目的のペンションへと辿り着いたのだった。

しかし目の前に広がる風景は、あの頃の友と過ごした記憶とは掛け離れていた。建物は朽ち果て、広場だった場所は草木が生い茂り、「廃墟」と言っても過言ではなかった。あれから十数年の歳月が流れ、思い出の地が変わり果てた姿に俺は落胆した。しばし辺りを見回し思い出にふけていた俺は、朽ちたペンションの柱に触れ、最後の挨拶をして帰ろうとした。すると、俺の視界に獣道のような山林に続く一本道を見付けたのだ。 


 聖也 「この道はなんだろう?」


 まだ時間に余裕があった俺は、興味心でこの獣道を進んでみる事にした。何もなければすぐ引き返せばいいと歩き始めたのだが、少し進んだ先には「小さな祠」が現れたのだ。何が奉られているかと近付いてみると、石積みされた祠の中にはこれと言った仏像などもなく、一枚のお札のような物が奉られていた。見るからに古く見えるそのお札にはかろうじて「慶長・・年」と書かれているのが分かった。


 聖也 「慶長?いったいいつのものだ?」 


 歴史にうとい俺には、全くいつの時代の物なのか検討も付かなかった。取り敢えず、何か大切な物が奉られているのだと感じた俺は、祠に向かいゆっくり目を閉じ手を合わせた。その瞬間、俺は強い風と眩い光に包まれたかと思うと意識を失ってしまったのだ⋯。


つづく