お菊 「一年ほど前に、父親が何者かの手により辻斬りに合いました。それからは母と私は細々と裁縫で生計を立てておりました。しかし先日、その母も買い物に出たきり行方知れず(行方不明)になってしまったのです。もうどうして良いのか分からず、三人でよくお参りしていたあの祠に手を合わせていた次第でございます」 


 お菊さんの身の上話に俺は心を痛めたと同時に、こんな俺にも役立てる事があるのか考え始めていた。俺はお菊さんの住む長屋に行き、父親が着ていたという小袖(着物)に着替えた。まず俺に出来る事と言えば、お菊さんの母親を一緒に探す事だ。この時代に来てしまった以上、色々と一から知り直す必要もあるし、明日からお菊さんと母親探しに同行する事にした。

この時代に来て早三か月。
お菊殿の母親の行方は未だ手掛かりが掴めずにいる。お菊殿は裁縫を、俺は「聖吉(せいきち)」と名を変え、とある旗本(はたもと→将軍直属の身分の高い家臣)に通い奉公(ほうこう→主君、主人のために尽くし働く。現代で言う家政婦)として働きながら過ごしていた。
ある日の事、いつものように庭を掃き掃除していると、この家の主人が声を掛けてきた。


 主人 「せいきち、毎日ご苦労だね。ところで、せいきちの出身はどこなのだ?」

せいきち 「はい…私は……」

俺が四百年後未来から来たなんて言った所で、頭のおかしい奴としか思われない。とりあえずこういう時は「上州(現在の群馬県あたり)」から出稼ぎに来たと言っている。そして知人のお菊殿の母親探しを手伝う条件で住まわせてもらっている事を伝えた。 

 

主人 「そのお菊と申す母親の名は何と申す?」


 せいきち 「お清(おきよ)と言います」 


 主人 「お清…!?まさか、町外れの長屋に住んでいたお清殿の事か?」 


 せいきち「はい。以前はその長屋に住んでいましたが、今は人探しに都合の良い城下に越してきました。ご主人様はお清さんの事をご存知なのでございますか?」


 主人 「いや…ちょっとした昔の知り合いでな…」 


 明らかに主人様は何かを言い留まった様子だった。もし、お菊殿の母親に関する事を知っているのであれば、どんな小さな手掛かりでもいいから俺は知りたかった。その日から俺は、主人様には申し訳ないが奉公の仕事をしながら主人様の行動を盗み見る事にした。もちろん、この事をお菊殿には話したが、怪しまれたりすると無礼打ち(ぶれいうち→身分の高い人に無礼を働くとその場で斬られる)にあう恐れから反対されたが、俺を助けてくれたお菊殿の恩は必ず返したい思いが心を奮い立たせていた。


つづく